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桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

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孫の名は蛙?

  1. 2011/12/14(水) 15:43:44|
  2. ■アンビリバボーな面々
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
大分の知人で老舗の呉服屋がある。
子供は一人娘で和服の似合う楚々とした美人だ。
おんば日傘で育てられた『お嬢さん』
卒業したら跡を継ぐと云う約束で、東京の大学に行かせたはずであった。
ニュージーランドに留学もさせた。
充分すぎる仕送りもし、4年が過ぎた頃「実は好きな人がいて、その人との間に子供もいる・・・」
追い打ちをかけるようにアメリカ国籍の外人だと云う。
婿養子も納得の上だとも・・
(まぁグローバルに青い目の呉服屋も良いか~子供までいるのでは)と親も不承不承、納得し親子3人で帰ってくるはこびとなった。

空港へ降り立ったのはエマニエル坊やを抱いた我が娘とボブサップのような大男であったと・・  
信じ難き光景を目の前に我が目を疑った。
まさか・・まさかの・・想定外の有様にしばし言葉も出なかったそうだ。

まさにアンビリーバボー

そこまでの詳しい事を知らなかった私が「お孫さんの名前は?」「カエル」「はぁ蛙?どんな字書くの?」
「いや実は・・本名は××××キャイール××なんでカイルって呼んでます」
かくしてボブさんは呉服屋の若旦那におさまり、それにもまして可愛い孫の出現に「カエルカイル・・カイル」まさに目に入れても痛くない状態。

ボブさんもとても良い人で「娘が選んだだけの事は有る」
国籍はアメリカだが生まれは???でたまに訳の分からない言葉を発するくらいで何の違和感もないそうだ。

ここで呉服屋さんユニークな方法をとった。
店の売り出しの案内状と共に事情をイラスト入りで書いてお得意様・知人に配布したのである。
それまでの好奇な目が好意の目に代わってボブさんもカイルちゃんも、今では人気者なのだ。

店に行った友達の話によると、薄暗い店の奥で浴衣だけがひらひら動いていたとか・・・


こんな事もあるのでぴーちゃんがカレシ連れてきたとき(日本人?じゃないかも・・)思った次第である。




エマニエル坊や
エマニエル坊や 
         ボブサップ
          ボブサップ

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テーマ:アンビリーバボー!! - ジャンル:日記


イケイケギャル!

  1. 2011/11/18(金) 23:58:41|
  2. ■夜桜一家
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:11
孫の友人が大阪から三連休に遊び来ると云う。
相当な“イケイケギャル”だとの前評判・・・
名前は『マホマホ』
「来たら見せるわ」と孫。
見たい!見たい!

ギャルと云えば“ギャル曽根”おバカキャラのスザンヌ・木下優樹菜・里田まいしか思い浮かばない。
金髪の巻き毛・青や緑のカラコン・マイクロミニ(この寒空にそれはないやろ)半ケツのローライズ・ド派手な衣装。
怖いモノ見たさの興味津々。

車を降りた『マホマホ』はすらりと背の高いスタイルの良い綺麗な子。
幾分広めに開いた黒のVネックのセーターにローライズのスキニィジーンズ。
(半ケツじゃないし・・)
10センチほどのピンヒールのブーティ。
(えっ?センス良いしぜんぜんケバくないし!?ふつーにイケてるじゃん?)

先ずJikoが名前にくいついた。
『マホマホ』どんな字書くんや?
そんなぁパンダじゃあるまいしニックネームやん。
ギャルの片鱗は口元のピアス・・それとネイル。
「田舎に来るんでちょっと地味に・・」

20080119001100.jpg


以前してた叶姉妹のようなネイル。
(あっ!これの方が見たかったわ)
B「つけ爪つけてんの?」
「いえ液をつけて除々に伸ばしていくんです」
B「何時間かかんの?」
「3時間くらい・・・」
B「幾らかかんの?」
「1万円」
B「はずしておいとけんの?」
「削り落とすんで・おいとけへん」
B「もったいないなぁ」
B「そんな爪で何にも出来んやろ?」
「なんでも出来ます。PCも打てますしお米もとげます・・」
PCはちょっと速いですよ・・とつけたした。
B「裁縫は?針とか持てんやろ」
「持てますよ。最後の二回糸まわして留める時指つるくらい力いりますけど・・」
弾けるような明るいチャーミングな笑顔。
人懐っこい笑顔に大阪弁のニャンスがなんとも可愛らしい。
(どこがイケイケなん?)
多少不満げな私の様子に孫が
「髪も自分の毛ちゃうよ。つけてるんや」
B「はっ?エクステなん?」
「ええっ!エクステ知ってはる?
ハイカラやなぁ・・」
イケイケギャルの浪速っ子にハイカラと云われようとは・・・
どこから~どうやって~と初対面の『マホマホ』の頭を引っかき回したのである。
さすがに「ア~ン・・してみ」と口元のピアスまでは・・

モデルをしていたこともある。
スッチー希望だったが最終審査でこけちゃいました。
現在は旅行代理店で海外旅行のプランナーをしてる。
「英語とPCはバリバリです」
等々話方もしっかりしていて可愛いだけのおバカギャルでも無かった。
「メイクしてたらママ(娘の事)とCyaoちゃんに両側からガンミされていっつもしてるメイクなのにめっちゃ手ぇ震えたわ」
と屈託なく笑う。
(すっぴんは中学生のようにあどけなくてメイクした顔とは全然違うと娘が云った)

Jikoはガクトみたいに綺麗や・・・
―最大の褒め言葉である―
『風林火山』での上杉謙信のガクトを見て絶世の美女だと思いこんでいたJiko。

帰って後、娘から
「びっくりしたやろ?」
「ぜんぜ~ん・・あんなん普通やわ」
「そっかぁ・うちはいっつもぴーちゃん見てるからかな」
お堅い所にお勤めのぴーちゃんとはいっしょにならんわな。

私にして見れば[ ある意味期待はずれ・・・ ]



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姫の運転

  1. 2011/11/13(日) 15:14:31|
  2. ■アンビリバボーな面々
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
今川先生のお薦めもあり会長の太鼓判も頂きNHKの『朗読セミナー』を受講する事にした。
書類選考を経て愛媛県で21人。
受講料は7,000円(市から補助が出る)
会場の松山までの送迎も市が車を出してくれるとの事。

私を含む3人が基本コースだが西予市・大洲市各1名なのでそれぞれ自分の車で行くと言う。
で、私も中級の講義を受けるおひぃさんの車に同乗さして貰う事にした。
メタリックシルバーの33ナンバーである。
同乗者は院長夫人の会長・定年まで校長先生だったOさん。
花柄レースのクッションの置かれた車内はゆったりしていた。
「ワタシ高速は 走れませんの」
(えっ!?)
と言う事で1時間早めの出発。
「ワタシ60キロ以上で走ったこと無いのよ」
のんびりゆったり一般道を松山へ・・・
「あのぅ信号 黄色なんですけど・・」
あら 良いのよ(良くないでしょう?)注意して走ってれば・・・」
黄色では止まる気配も見せず話しに興が入ればハンドル放して手振り交えて話し出す。

神様!!
彼女の興味ある話題はしないで下さい。


前に40キロぐらいで軽が走っていた。
おひぃさん あおる・あおる
あげくパッシング
(はっ?・・うそぉ・・)
意外な行動に唖然とする3人。
指示器も出さずしばし併走(抜くなら早く抜けよ)
隣の車の後部座席の三越の紙袋・スーパーの袋にはキュウリが・・
その状態がしばらく続く。
(対向車来たらどうすんのよ)

これで事故ったら 『般若心経』唱えながらおひぃさんにキリスト様の元に連れて行かれるんだろうな・・
私以外はこれみんな保証金高いで・・・
いやぁ命の重さは同じか・・・
おひぃさんの息子さんが自動車保険の仕事やってるって聞いたから うまくやってくれるかな・・
等と思いつつ・・


2時間、掛かってやっと会場へ。
駐車場で係りに誘導されてバックの途中。

“ピーッ”

顔色かえているおじさんを見て・・
「あらごめんなさい!どこか壊しました?!」
「く・く・くるまっ・・・」

見事に駐車場の壁に接触。
前進で駐車出来る場所に代えて貰い移動時に再びこすって・・・・
「あっ」「あ~」私達を尻目に当のご本人は落ち着いたもので・・・
「何か壊しちゃったのかと思ったわ。恐い顔してるんですもの」

KC280018.jpg


帰途は会長がハンドルを握り、双海のサンセットを見ながら快適に無事帰って来た。

紙芝居完成!

  1. 2011/11/09(水) 15:55:27|
  2. ■Bakoの事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:11
広告が入り、心配して「生存確認」があったので、取り急ぎ生きてる証拠のUPです。



役にも立たない 猫の手 を貸して以来、紙芝居の文章作りの段階に・・・
これが、なかなかはかどらない。


―で、どうにか完成!



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お大師さんのぽんし

  1. 2011/11/05(土) 16:16:41|
  2. ■同行二人-風遍路
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
浜の町ばあちゃんは主人の祖母である。
小柄では有ったが93才で天寿をまっとうするまで、寝込む事無く、呆ける事なく元気でしっかりしていた。
90才を過ぎてなお、税務署・銀行に行った人である。
小学校4年までしか行ってないとかで読み書きは[カタカナ]しか出来なかったが、商売人らしく5つ玉のソロバンは使って計算していた。

娘時分、アメリカに密航を企て三津浜港(当時は松山に行くにも船便)で発覚し連れ戻された強者である。
親がつけた[ワイ]と云う名前が厭で[カツヨ]と生涯名乗った人である。
商才に長けた人で八幡浜で初めて[勧商場](かんしょうば)(百貨店みたいな・・今のコンビニ?)を始め、その建物を戦後はアパートにして貸していた。

4人産んだ子供を幼い内に次々亡くしたばあちゃんは「お大師さんにすがるよりない」とお遍路の旅に出た。
明治時代・当然、歩き遍路である。
「下駄をかるうて行った。5足履き潰した」と云う。
次の子が出来たら着せようと、ちぃさな赤いぽんし(ちゃんちゃんこ)を縫って祈願のお四国さんである。
その後、御利益を頂いたのか5人の子供は無事成人したのでばあちゃんのお大師さんへの信仰は絶大で有った。

私は、結婚当時からばあちゃんが亡くなるまで同居していたのだが、別府から嫁いで来た孫の嫁を陰に日向にまぶって(守って)くれた。
既成概念にとらわれないばあちゃんと、飛んでる孫の嫁は気が合った。
大好きなばあちゃんであった。
このばあちゃんといっちゃん(舅)がいなかったら、おそらく私達は[母子家庭]になっていたに違いない。

娘(ひ孫)が産まれる時に、黄色い綿入れ(男でも女でも良いようにと)を縫って呉れたのもばあちゃんだった。
又、自分の浴衣を何枚も解いて、おむつに縫って呉れたのもばあちゃんだ。
だから家の子のおむつは地味だった。

子供達の具合が悪いと「南無大師遍照金剛」と唱えながら赤いぽんしを着せ「お大師様まぶって下さい」と祈って呉れた。

今回、お四国さんをお参りするに際し私は、ばあちゃんの写真と父が書いて呉れた[般若心経]とを携えていた。


b.JPGb.jpg


赤いぽんしは私の子供達が無事成長した後、自分のぽんしに仕立て直して着ていた。
ばあちゃんにとっては赤はお大師さんの色なのだ。


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