桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

知らない知人

  1. 2012/01/21(土) 23:42:27|
  2. ■アンビリバボーな面々
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
グループホームT園に訪問が決定。
私は“八代祝言芋こかし”を朗読する旨 提出していた。
プログラムを見ると“八代祝言芋こがし”になっている。
こかし・・なんですが・・」
「あら!お芋焦がすんじゃあないの?」おひぃさん
こかすんですぅ」
こかすとは方言で転がす事である。

T園に着くと綺麗な銀髪で黒のワイドパンツにブランド物のサマーニットを着た上品な奥様が、満面の笑みで駆け寄り
「まぁお久しぶり・・お元気でしたか?」
きれいな標準語で話しかけて来た。
(商売してた時分のだれかれを思い浮かべるのだが、人を覚えないのが特技の私には想像もつかない)
「ええぇえ まぁ・・」笑顔で言葉をにごす。
「全然いらっしゃらないから・・どうされてるかと心配してましたのよ。その後皆様にはお変わりなくて?」
「ねぇあなた あの時の写真持っていらっしゃる?楽しかったわねぇ」
(その後・・?いつから・・・?)
(何をしたんやろう?誰?誰?誰だったろう?)
記憶の糸をまさぐりつつ・・
「いつから こ・こ・?」
「3年前からですのよ」
(はっ ここ開園して1年やけど・・)

「××さぁん 外に出ちゃあいけませんよ」介護士さんの声。
「じゃあ又後ほど・・ごきげんよう・・」
介護士さんに手を引かれ笑顔で室内へ消えた。

ショッキングピンクのキティちゃんが付いたスリッパに気付くべきだった。

ロビーには30人ほど集まっていた。
プレッシャーでガチガチの私に介護士さんが
「程度の差はあれ皆さん認知症なんですよ」
誰かが「カボチャだと思って・・・」
(そんなぁ無理!カボチャに目が有るか・・それも60個・・)
中には幽玄郷にお遊びの方もおられるけど・・

プログラムどおり進んで私の朗読。
BGMの中読み進む。
結構 面白い所では笑うし手応えを感じていた。

突然 奇声を発して踊り出したのは先ほどの奥様だった。
呆然としている私に
「続けて・・・」
と中西さんが促したが~
もう しどろもどろ・・()はとばすし感情移入どころの騒ぎではない。
おまけにヒョコヒョコ出てきたバアチャンとマイクのコードの引っ張り合い。
“芋”がこける前に私がコケタ!。

多少な事には動じない私だが・・
あの奇襲攻撃はないやろ。
痴呆症と云われてた頃、20年間お姑さんと付き合った私である。
最初から認知症集団と聞いておればそれなりの対戦出来たのに・・・

デビュー戦!!敗退!!

次回は完全武装で負けないぞぉ!!
テポドンでもミサイルでも持って来いっ!!



FC2ブログランキング

ポチットね

スポンサーサイト

娘の誕生日

  1. 2012/01/08(日) 00:00:00|
  2. ■夜桜一家
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8
 粉雪の舞いて 凍てし日

         生まれきて四十路の坂をたくましく越ゆ
 

予定日より早く前置胎盤の為 帝王切開で産声をあげる事なく仮死状態で産まれた娘。
紫色の小さい赤ん坊を見せられ、諦めかけた時 娘は蘇生した。
ちぃさな泣き声をあげたそうだ。

私は術後 5日目に初めて我が子に対面しこの手に抱いた。
カツヨ(浜の町)ばあちゃんが
ー男・女どっちでも良いようにー
と縫ってくれた黄色い綿入れに埋まっていた。
どこに手足があるのか か細くちぃさな我が子。
髪の毛も生えていない。
「あなたが剃ったの?」
私の手術前剃刀をあてた看護婦さんに思わず聞いた。

姑は我が子を6人産んだが
「日守(一日中子守)さんと女子衆(女中)が世話をして授乳以外は抱いた事もない」
と豪語し徹底した子供嫌いな人で 産まれる前から
「赤ん坊の守はしないから・・預からんけん
面倒かけないでくれ」
引導を渡されていた。

産まれてからは
「昔は魚の子が好きだったが今は魚の子もメリケン粉でも“コ”とつく物は嫌いになった」
とはっきり云って孫を抱く事さえ拒んだ。
あまりにちぃさく抱き馴れない姑は抱くのがこわかったのかも知れない。

同居していたカツヨばあちゃんが殊の外 曾孫を可愛いがり面倒をみてくれた。
自分の浴衣を解いて何枚ものおしめも縫って呉れた。
だから黒っぽい地味なおしめが多かった。

Miyaちゃんが白地にパステルカラーの水玉が付いた既製品のおしめを贈ってくれて これは外出用に重宝した。

Mと名付けられた娘は なかなかお乳を飲んでくれずやっと飲んだと思うと噴水のように吐いては火の付いたように泣くのである。
その度にカツヨばあちゃんが飛んで来て 綿入れに針が入っていたのでは・・・と脱がしては調べた。

その挙げ句『栄養失調』
何万人に一人母乳の適合しない乳児がいるとか・・・

『股関節脱臼』→歩けるようにはなるが転倒が多く普通に走れるかどうかは疑問。
とりあえずギブスをするという。
このか細い足にギブス!?
先生が石膏の準備をしている隙をねらって私は 裸のままのMをしっかり抱き窓から飛び降りて下の植木もろとも診察代を踏み倒して病院のスリッパのまま逃げ帰った。
後日 今治に名医がいると聞き連れて行ってギブスする事なく小5でリレーの選手・剣道3段でインターハイ出場までしている。

『先天性弱視』→二十歳までには失明・治療法・薬なし
見えるうちにとにかくいろんな所に連れて行った。
絵が好きでなんでもどこでも絵を描く。
この子なりに心の印画紙に焼き付けているのだろうと不憫に思ったものである。
が しかし現在に至るまでしっかり見えている。
ーカツヨばあちゃんがまぶってくれたのだろうー

誤診・・・いや 奇跡が起きたか?・自然治癒力か?・・

それ以来 私の医者=病院不信が始まった。

何はともあれ 無事で 大きく 育ったMちゃん

   おめでとう 




NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY


.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。