桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

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夏の夜の・・・

  1. 2011/07/25(月) 00:24:04|
  2. ■夜桜一家
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  4. | コメント:17
Jikoが半世紀ぶりにスティックを握ってから9ヶ月!
路上ライブをすると―言う。

CIMG2009.jpg
『おっちゃんバンド』(バンド名もまだ無い)
と書かれているのを見て、
「じいちゃんバンドやろ」
先ず、Tochiがつっこむ。

息子家族も応援に駆け付け
「おやじ、叩けるんやろか!大丈夫やろか!」
演奏が始まるまで、心配する息子。

商店街は折からの節電で
DSC07330.jpg
DSC07331.jpg

アーケードの灯は消され、この暗さ!
譜面が見えないだろうと心配するJIKOに、
「おらは、どうせ、楽譜は読めんけん、かまんで」
トモちゃんが言い放った―と。

CIMG2020.jpg

どうせ、同じような記事になるから、Mのをそのまま(動画)転記しようと思っていたのだが―

これは、やっぱり、娘の心情だわな!

トップスは黒で・・・
「おらは、そんな話は聞いてない。」
と、この日のためにカアちゃんに縫ってもらった一張羅のシャツでトモちゃん。

裕次郎の『おいらはドラマー』に、憧れてタイコ叩きになったJiko。
先年、北海道の裕次郎記念館で買ってきた、裕次郎のTシャツ。
着ずに、大事にとってあったが

KC3U0026_20110725005254.jpg
KC3U0027.jpg

「ほら、ほら、裕次郎が乗り移った!
裕次郎になったつもりで、思いっきり叩きや。
ドラムが遠慮したらいけんよ」
(股下の長さが裕次郎と同じと言うのが、若き日のJikoの自慢だった)
「裕次郎は、喧嘩して片手しか、使えんのに白木秀雄とドラム合戦したんや。
ほんで歌でフォローするんやけど・・・おら歌えんしなぁ・・・」
「歌えんでも、裕次郎は片手やろ。
Jikoは両手使えるんやからガンガンいきや!」
ハッパかけまくり―

CIMG2019.jpg

Jikoの雄姿をカメラに収める孫たち。

DSC07312.jpg

こんな可愛らしい観客もいて・・・
リズムに合わせて、手を叩き、踊っている。

演奏後
異口同音にそれぞれが
「練習の時の方が、もっと上手や」
そうな(笑)

「まあ、ええとこ70点やな」
と言う私に
「そんなこと無い、良かったよ。えらい辛口やな!」
父親贔屓のMが口を尖らした。
「Jiko、カッコいい!」
「けっこう、やるやん!」
孫達にも好評だった。

なにはともあれ、Jikoにとっては『夏の夜の夢』のような楽しいひと時であった事には間違いない!

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秘境・椎葉

  1. 2011/07/08(金) 00:10:48|
  2. ■思い出の糸をつむいで
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  4. | コメント:15
リンちゃんの、お山の学校訪問も三度目。
昔話をするのだが、「井戸」「蚊帳」知らない!わからない!
「おばあさんは、川で洗濯・・・」
「洗濯機は?」

先日行った時には、学校を出て車に乗るまでに、藪蚊に5・6ヶ所刺された。

この、お山の学校で思い出したのが・・・
もうかれこれ、30数年前、Miyaちゃんの弟が、校長先生になって、初めて赴任した椎葉の小学校。
椎葉は九州山地の山奥。
秘境である。
こんな事でもなければ、わざわざ行く所でもないので、良い機会だから、訪ねてみようと言うことになり、あね様とMiyaちゃんとチエ子さん(弟の嫁)四人で単身赴任先の椎葉にチエ子さんの運転で向かった。
高鍋を早朝に、出発したのだが、カーナビがあるわけでもなく、当然、携帯もない。
地図をたよりに、今ほど道路事情も良くない山道、行けども行けども、昼なお暗い山また山。
道を聞こうにも、人家もなければ、当然、人にも出会わない。
平家の落人集落とは、聞いてはいたが、こんな山奥まで、壇ノ浦から、よくぞ逃げたものだと、感心しながら、がたがた道を走りに走った。
ダムが出来るまでは、車も行けなかったとか―
集落の人家も、如何にも隠れ里らしく、山中に、一軒、二軒と鬱蒼と茂った樹々に囲まれて建っている。

途中、倒木が道をふさいでいて、バックを余儀なくされ、けもの道に毛の生えた程度の山道に迷い込んだりして
、クロスカントリーのカーレースもかくやのごとき、山道を辿り、やっとの思いで、村立椎葉小学校に着いたのは午後3時。
確かに、秘境!
ここを秘境と言わずして―と実感したのは、郵便局が無かったのだ。
私は、旅行に行く時は、郵便局のキャシュカードを何時も持参する。
今ほど、ATMも普及していない時代ではあったが、日本全国、どこにいっても郵便局はある―それが私の認識だった。
ところが、20キロ下った集落まで行かないと、郵便局は無いと言う。
所持金に不安があったのだが、あの山道を20キロ!
聞いただけで、諦めたが、その後、椎葉の話をするたびに、
「郵便局さえ無い所」と。

村の人々には、
「校長先生サマのお身内が来た」と大いに歓待を受けた。
確か、国の重要文化財だったと思うが
000008049.jpg

この『鶴富姫屋敷』で山菜の夕食をご馳走になった。
「山くじら」なるものも、頂いたが、後でイノシシと知った。
蒟蒻の刺身の美味しかったこと。

imagesCAO1TINO.jpg

次の日、周辺を案内してもらったが、我が国初のアーチ式ダム。
上椎葉ダム

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昼間に、もう一度、ゆっくり「鶴富姫屋敷」
平家の残党鶴富姫と、源氏の那須大八郎(那須の与一の弟)の悲恋に涙する前に、この、山奥まで逃げた方も逃げた方だが、それをまた追っかけて来た方も凄い―と再度、感心する。

♪稗つき節♪
庭の山しゅうの木 なる鈴かけて
鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれよ

鈴の鳴るときゃ 何と言うて出ましょ
駒(うま)に水くりょと 言うて出ましょ

おまえ平家の公達のながれ
おどま追討の那須の末

那須の大八 鶴富置いて
椎葉たつときゃ 目に涙

泣いて待つより 野に出て見やれ
野には野菊の 花盛り

DSCF123711.jpg

『八村杉』
那須大八郎、手植えの杉。
これで、後はなぁんにもない!
何か記念になる物を・・・川で小石をひろった私たち。
お土産代が・・・との心配は杞憂に終わった。
買うものがなんにも無かったのである。

産物といえば、村にただ一軒ある豆腐屋の豆腐だと言う。
豆腐では八幡浜に持って帰る訳にもいかず、この豆腐屋で売っていた、山牛蒡を蒟蒻で巻いた「鉄砲漬け」?を買う。
これは美味しかった。

その後、似たようなものを、見つけて買ってはみたが、椎葉のそれとは微妙に違っていた。

帰りには、このお豆腐屋さんがお豆腐をたくさん、お土産にくれて、高鍋に帰り、隣近所にくばったものだ。

こんな、懐かしいことを思い出さしてくれた「お山の学校」である。



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