桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

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040:レンズ(水絵)

  1. 2010/04/30(金) 14:35:22|
  2. ■詠み人・水絵
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構え待つ孫の走りぬ地区リレー 疾風の如くレンズ駆け抜け 

現在252人走行中!50番目どうやらキープ!
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039:怠(水絵)

  1. 2010/04/30(金) 14:30:53|
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春眠のたゆたう朝のひと時は 思考も溶けて怠惰なるまま

038:空耳(水絵)

  1. 2010/04/30(金) 14:13:33|
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老桜の洞(むろ)より出でし華の精 歌い舞る(おどる)は夢か空耳

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あーちゃん撮影の『醍醐寺』の見事な桜

037:孫(水絵)

  1. 2010/04/30(金) 14:00:13|
  2. ■詠み人・水絵
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孫に手を引かれて辿る奥の院 はるか石鎚霊峰の見ゆ

60番横峰寺の奥の院「星ヶ森」

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036:正義(水絵)

  1. 2010/04/30(金) 13:49:38|
  2. ■詠み人・水絵
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神風と正義を信じ飛び立てり 少年兵に散る桜花(さくらばな)

鹿屋から神風特攻隊として、片道の燃料だけを積んで飛び立ちました。

夕刻のマーガレット

  1. 2010/04/24(土) 14:08:32|
  2. ■Bakoの事
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『晴流奏』さんの二冊目手作り歌集「夕刻のマーガレット」が届いた。

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見事な製本技術!
132ページに及ぶ本格的な製本だ。

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一ページに一首。
項目毎に地模様も替えて・・・多分、こんな用紙はないから、ひながたで?
二度刷りなのかなぁ!
地模様と歌の字体がマッチして、とても感じの良い仕上がりだ。
時雨ちゃんらしい、細かな配慮のあふれる構成・作りになっている。

さて、歌だが―
この歌集を読んだ友人は
「まぁ!優しい、内気な娘さんね。それも育ちが良いお嬢さん!」
「えぇ~!男の子なんやけど・・・」
その夜、先入観なしで読み返してみた。

窓辺から差し込む光り暖かく 春の匂いは部屋を満たして

自転車で下る坂道夏草の匂いの風を胸に吸い込み

忘れたい事多すぎて冷奴たっぷり刻んだ茗荷を載せる

スカートをひらり揺らして踊りましょう朝顔は咲くワルツに乗って

秋近い夜はピアノと虫の声アンサンブルは優しく響く

気まぐれな空の涙は凍りつき雪降る夜に積もる静けさ


ちょっと神経質で、ちょっと内気な黒髪のストレートなロング。
白いヴラウスにフレアースカートの女の子が・・・
はにかんで優しく微笑む笑顔が見える。
まさにまっ昼間ではなく「夕刻のマーガレット」

ご本人は「今流行りの、草食系男子です」と―

娘や孫も「優しい人やね!」

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歌集全体の色使いも相乗効果をまして、とても温かく優しさの溢れる歌集である。
「こんな歌詠む子に、絶対悪い子はいないわ」

うん!やさしい!
A5での本の作り方なんかもイラスト入りで、原稿書きから丁寧に教えてくれた。


ネットは怖いからと拒否していた私を、叱咤激励しつつ教えてくれた娘・孫!
最初の出会いでKainさまから 『桜月夜』世界に一冊の私だけの本が送られてきて
また短い時間だったがお会いすることも出来た。
Kainさまがネットは怖いと思っていて、私の不信をすっかり払拭してくれた。
その後、小紋ちゃんからは、裂織りのマフラーとベストが・・・
ベストは昔話をするときに、羽織ると雰囲気がでる。
北海道のひろぽんちゃんからは手編みの帽子・手袋のプレゼント。
あーちゃんからは『京都の風』
そして時雨ちゃんからは歌集・落款のハンコ。
みんな心が籠ってる、嬉しい気持ちに色が付いたり目に見えるものであれば良いのだが、私の語彙・表現力では表せません。
 
うちに来る方は、当然、私より若いし、中には娘、いえ孫のような年ごろの方も・・・
でも、皆さん良い方ばかりで・・・ブログ読むだけでも楽しいのに、
素敵な頂きものばかりで、でも私には何のお返しも出来なくて心苦しい―と言うと
娘は「みなさんそんな、見返りなんか、期待してないよ。有り難く喜んで好意をお受けしとけば」
「でも、ブログしとって良かったやろ!」

はい!娘に感謝!皆様に感謝!





京都の風!

  1. 2010/04/19(月) 15:04:01|
  2. ■Bakoの事
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あれは、かれこれ三年前くらいか・・・
あーちゃんのブログで“木もれ日”の源氏物語 朗読劇を知ったのは―
どんぐりのメンバーは、みんなPCは持っているが、音声訳だけに使う人が多く、ネットは繋いでない。
もしくは以前の私同様、ネットは怖いものと思いこんでいる。
リーダーのHさんに、ブログを見せると京都生まれの彼女は
「京言葉でいいわねぇ!聞いてみたいわ!」
それからもしばしば、あーちゃんのブログには“木もれ日”の記事がUPされる。
私はその都度、涎をたらして読んでいた。

今年の三月、能舞台で『紫の上 月の露』の記事。

「一度聞いてみたいです」

万感の思いを込めてのコメント!
「DVD送りましょうか?」
『念ずれば花開く』
あーちゃんは思いっきり、私の思いを受け止めてくれた。

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小さな荷物の中に、京都の風をいっぱい詰め込んで・・・

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源氏物語 『紫の上 月の露』 『パリ公演の日々』
2枚のDVDと、その公演の際会場で焚かれる、お香「堀川」
嵯峨野で手に入れたと言う、珍しい黄色と緑の桜の花の塩漬け、宇治茶まで添えられて・・・

それから・・それから

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和柄のこのショルダーバッグ。
あーちゃんのお手製! 『MADE BY ASYHURA』
ちょうど、A4がファイルごと入る大きさで、まちがあるので見た目より、沢山入るのだ。
肩に掛けても、斜めがけしても、布なので、かさばらず、体にフィットして使いやすいし、なんだかなぁ!優しいのよ!
さっそく打ち合わせに、お出かけに重宝している。

あーちゃんの、臨場感あふれる描写に、ある程度は察していたが、さすがに、圧倒され、私の想像をはるかに超えた朗読劇だった。
普通のおばちゃんがよ(失礼!)見目麗しい、イケメンに見えて来るから、光源氏が見えて来るから・・・
演技ってほど動いちゃないから、言葉?読み聞かせる力!
お香の香りをかぎながら、しっとり平安の風にひたって・・・
ほんとうにアマチュア?
ノンプロやな!

凄いわ! パリ行く訳や!
で―続けてパリ公演の様子も・・・
私はあーちゃんはカメラマンとして同行したからビデオ撮ってるのもあーちゃんだと・・・
やっぱり、カメラマンは目のつけどころが違うわ!
ふぅーん!このアングルでいくか・・・さすがや!
まるで、私、パリ旅行してるみたい!
でも・・・でも・・・ちょっと、気になる人がいる。
出演者は分かるが、スタッフと思しき人の中に、三面六臂が見え隠れ!?
そしてパリ公演の様子は録画されてなかった?のである。

「間違えて送った!」
と連絡があって次の日!

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『木もれ日』パリ公演のDVDと東寺・醍醐寺の桜の写真三枚が再度、送ってこられた。
桜が大好きな私(ブログ名でもわかるとおり)桜の写真(欲しい!)カメラマンのあーちゃんには言えなかったのに。
「なんで分かるの?」
答えはわかっている。
「阿修羅王だから」

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パリ公演は、今期からリーダーになったトシちゃんと見た。
「八幡浜弁でもっと分かりやすくやったらどうやろ」
「言うてしまえば恋愛もんやし、お年寄り喜ぶんやない?」
と軽いノリのトシちゃん。
「六条御息所は決まりやな」私を見る。
ちょっと待て!
「八幡浜弁で源氏物語はないやろ。いくらなんでも失礼やろ?
光源氏がおらの~われの~浜言葉(漁師言葉)では雰囲気でんよ」
私らとは、ちょっとレベルが違うわ。

「木もれ日」の方達も私たち同様、社協の朗読講習からだって。
衣装も古着屋で調達。水干も羽織の仕立て直しとか・・・

これから、「どんぐり」で廻し読み(廻し観)します。
あーちゃん、ほんとうに有難うございました。










みちづれ!

  1. 2010/04/16(金) 10:13:30|
  2. ■Bakoの事
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桜も散って、20度を超す暖かさから9度に・・・
熊本には雪・・・連日不順な天候が続き瞬発力を失った体は付いていけない。
只でさえ、この春先、季節の変わり目には体調を崩す私。

あまりの寒さに
「今夜はお鍋しよう!」
浜っ子地鳥を奮発して・・・しめにうどんを入れてと。
フリースを引っ張り出して、その上にダウンを重ね着して買い物にいき、鍋の準備を始めると、急に胃が差し込んで蹲った。
胃を押さえて苦悶してるうち、猛烈な吐き気が襲い、部屋の隅のゴミ箱まで這って首を突っ込んでゲーゲー。
驚いたJIKOが
「お前、何食うた?」
お昼にバターサンドとミルクティ・バナナ。
それ以外に、今日はおやつも食べて無い。
「隠れて何か食べたか?」
ううん!と涎、鼻水、涙を出しながら、首を振る。
あっ!さっき、梅酢沢庵切りながら、味見に食べた。

「沢庵・・・沢庵・・・食べてみ!」
JIKOあわてて沢庵咥えて
「一枚か?」
黙って二本指を出す。
「二枚か・・・」
ポリポリ沢庵かじりながら、おろおろ
「救急車呼ぼうか・・・」
「番号わかる?」
「119」
「わかっとったら良いわ。
まだ救急車はいらん」
食べて無いので吐くものもなし、そのうち落ち着いた。

「どうよ?沢庵?」
「なんちゃない!うまかった!」

「けど、お前おかしないか?
沢庵食うて、具合悪なったんやったら、・・・ふつうは沢庵食うな!言わんか?」
「食え!食え!言うけん慌てて食うたけど、考えたらおかしいやろ」

「一人より二人やろ?」と私。
JIKO「・・・・・!?」


あ~ぁ!失敗・・・

  1. 2010/04/11(日) 13:53:28|
  2. ■Bakoの事
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5年前から、書き始めたブログ。
カテゴリー別にでも、纏めてみようと思い立った。
ブログ友の時雨ちゃんにいろいろ聞きながらA5で・・・
取りあえず北海道旅行を46ページほどの冊子に。
字体も大きく・・・ちょっと写真も入れたりして。

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『ラベンダーの風』なんてこ洒落たタイトルもつけて―
同行した、友人にも送ろうなどと考えながら、薄いし、ちぃさいし、娘の手を借りず、初めてひとりで作った。
裏打ちした和紙風の表紙なども、楽しみながら・・・
まないた製本器で2日、乾燥したのを出してみると!?


さぁ!
楽しみにページを開く!!?
あれっ!?
右左反対に、糊ずけしちゃった!すっごい初歩的なミス・・・
 
 あ~ぁ!  あ~ぁ! あ~ぁ!

溜息ばかり・・・

まぁいっか・・・練習したと思えば!
次には、もっと手際よく、製本できるだろう。
A4を半分に切らなくて、平折りで印刷する方法も教えてもらったし・・

『失敗は成功のもと』


習い事

  1. 2010/04/02(金) 14:52:30|
  2. ■Bakoの事
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私の小さい頃の習い事と言えば―?
読み書きソロバンは(くれぐれも寺子屋じゃないよ!)学校で教わるし・・・
そうそう、一人日本舞踊を習っていた子がいた。
酒屋の一人娘で、大人になるまで続け名取になったとか、風の噂で聞いたが後に同級会で会ったら、養子さんを取って酒屋のおかみさんになっていたっけ。
私は、どう言ういきさつがあったのか、(多分、母が好きだったのだろう)戦時中からお琴(生田流)を習っていた。
譜面も手に入らず、借りて来た譜面を父が、筆で書き写したものを使っていた。
唯一、続いた習い事だ。

一時期、人並みにピアノも習ったし、クラシックギターも習った。
「カルカッシ」なる教則本で指がつるような練習もしたが、ダメだった。
もともとオタマジャクシが苦手なのである。

生まれて初めて、目にした楽譜は、琴の譜面。
琴は「一・二・三~斗(11)為(12)巾(13)と・い・きん」
たまに明笛(竹紙を貼って)を吹くこともあったが、この楽譜も数字だった。
と言う訳で、オタマジャクシにはとんと縁が無かった。

母の葬儀には、母の好きだった「千鳥の曲」で野辺送りをした。
母は「春の海」も好きだったが琴一面では間がもたないのと、子供心にお葬式には合わないと思った。
いつも「春の海」はヴァイオリンと合わしていた。
ヴァイオリンを弾いてくれるおっちゃんだと思っていたが今、考えると20代後半、もしくは30代だったろうか。
「春の海」を練習すると言うと、いつもヴァイオリンを持って来てくれた。
その頃には珍しい長髪で広いおでこが、芸術家を思わせる風貌だった。
練習の合間に「金婚式」と言う曲を聞かせてくれたのを覚えている。

今でこそどこの斎場でもBGMをかけているが、当時(60年前)琴の演奏で送りだす等ということは皆無で。思うにこれは父の発案だったのだろう。
母を亡くし、悲しみに耐えて必死に琴を弾じる私の姿は、参列者の新たな涙を誘ったらしいが、当の私は静まり返った室内で間違えて誤音を出したらいけないと、悲しいなど思う余裕もなく一生懸命弾いた記憶しかない。

一番最初に、手ほどきして呉れた先生は、鉄輪の高台に居を構えて、母娘で母(大先生)娘(若先生)で主に
若先生に「さくらさくら」「岩もる水」「荒城の月」など主に宮城道雄さんの曲を、古典になってからは大先生に教わった。
二人とも、いつも和服でお稽古部屋も二間あった。
終戦後、いち早く進駐軍の駐屯した別府はGIが街中にあふれ、先生宅にも出入りするGIがみられるようになった。
そのうち、いつも和服だった若先生が洋服を着るようになり、もともと華やかな顔立ちだったのに、真っ赤な口紅に目の周りが黒くなり、フレアースカートで琴の前に座るようになっていた。
若先生はサージェントのオンリーさんだとの噂が広まり、父は私に先生宅への出入りを禁止した。
そのかわり、満州から引き揚げてきた琴の先生が出稽古で家に来るようになる。
おばあさんだと思っていたが、これも今にして思えば50位だったか・・・
律儀に毎週、休むことなく通ってきて(家に来るので私はサボれない)、この先生に徹底的に古典を仕込まれた。
三弦・尺八と合奏しながら実際にお手前する「茶音頭」などもならった。
「越後獅子」「砧」「萩に露」「軒の雫」「みだれ」など奥伝の曲を習った。

時は流れて―
子育ても一段落したある日。
何時も気になっていた商店街の二階から聞こえる、琴の音。
聞けば大洲から出稽古で教室を開いている高井先生。
お会いして見ると、父と同年で猪年。
ピシッと和服を召して姿勢が良く、通る声でテキパキとお話される。
さっぱりして性格で、初対面で私とは気がうと直感した。
でおそるおそる中伝位から、お稽古して頂けないかと言って見た。、
「六段の調べ」「千鳥の曲」「娘道成寺」
などを私が弾くのを聞いた後、
「おさらいしながら、新曲もおけいこしましょう」
快く弟子入りさして頂いて「さくら変奏曲」「飛翔」「水の変態」「落ち葉のおどり」「奈良の四季」など習いながら古曲の練習もしてもらった。
この方が、厳しい方で一度間違えた個所を三度間違えると
「今日のお稽古はもう止めます。あなた、もう来なくていいから―」
私も初めは驚いてあたふたしていたが、40代後半、面の皮の厚さも手伝って
そのうち、そんなことを言われても
「先生はお茶でも召し上がって休んでいて下さい。私ひとりでお稽古しますから・・・」
と弾き続ける度胸も出来て来た。
私のお茶が好きなのを知って、いつも良いお茶を用意して、お稽古のあとお茶を頂きながら2時間くらいお話するのが楽しみになっていた。
時には、前習って出来なかった個所だけ2・3回弾いてお茶になる日も有った。
「あなたは職格者になるんじゃなく、趣味なんだから」
等と口では言いながらも、厳しい叱責を受けながら、先生とお会いするのが楽しかった。
(女性なのだが、先生に父を見ているような感覚があったことはいなめない)
高齢で八幡浜の教室を畳んだ後も、週一、大洲のご自宅まで練習に通った。
その後、先生は体調をこわし松山の病院に入院され私も八幡浜を離れた。

そろそろ還暦を迎えようと言う頃何気なく見た、保内の広報に「俳句教室」「陶芸教室」「押し花教室」「絵手紙教室」などと有る中に「お琴教室」と書かれていたので一度見学に行ってみた。
出て来た先生を見て驚いた!
当時、流行りのパンタロンスーツ・首飾りじゃらじゃら・・・もちろん私より若い!
時代かなぁ!今までの先生は、みなさん和服だった。
事情を話して
「中伝くらいから練習さしてもらえないか」と聞いて見た。
「うちはお教室なので皆様同時進行になりますので・・・それなら自宅の方で個人レッスン致しましょう」
今度、来る時までに、覚えてくるように―渡された紙には横書きの琴の楽譜と五線譜に書かれた音符!?
『月のお城』「はぁ~?」
初見でも、弾けるごくごく簡単な曲だ。

後日、お宅に伺うと玄関に大きなタイヤがでんとある。ここではスノータイヤはいらないので履き替えたとか。
聞けば今年の冬まで、富山だか新潟だか雪国にいて、縁戚を頼って保内に来られたとか―
琴は椅子に座って弾くようにセッティングされていた。
先生もロングドレス風のワンピスタイルだ。
「お願いします」と琴の前に座り、爪を付けようとすると
「その前に、発声練習を・・・」
どことか音大の声楽科を出たと言う先生の素晴らしい声量に圧倒されて声も出ない私!
「歌と琴は一体のものであって琴だけ弾けても意味がありません。
しっかり歌って下さい」
(へぇ~今時のお琴って・・・そうなんだ!)
思う反面
♪つ~きのおしろのおうじさま~♪
声を転ばせて歌う先生に気おされて、蚊の鳴くような声の私に
「もっと大きな声で・・・お腹から声出して・・・」
「琴は良いから、歌だけもう一度!」
(今まで、お琴の練習で歌を強要されたことは無かった)
「先生、六段からでもやって頂けませんか?」
ほんとうは奥伝の曲を言いたかったのだが、遠慮して言ってみた。
「しばらくは私のプログラムどおりにやって頂きます」
と『お山のくまさん』を渡された。
いまさら60のばあばあが♪くまさ~んおやまはさあむいのね♪上手に歌えたからってなんなん?
(私はお琴が弾きたいんじゃ!歌習いに来たわけじゃねぇよ!)
その後も行くたびに渡されるのは五線譜の書かれた、(お山の細道)(子狸子兎)童謡?のようなものばかり・・・
「はい!ピアニッシモ・・・フォルテ・・・スタッカット」
「ビブラートきかせて・・・」
今までお琴の練習では聞いたことのない言葉ばかり・・・
「なんぶんの何拍子ですから、その早さ違うでしょう!」
古曲の歌もこの調子で歌うのかと興味もあったが、一向に古曲は、おさらいしてもらえず、歌の練習に主体をおいたお稽古ばかり・・・。
その間、他のお弟子さんには一度も出会うことは無かった。
それとなく、他のお弟子さんのことを聞いて見たが
「バッティングしないように、調整してあります」

半年ばかり、通っていたが六段(歌の無い楽曲を選んだのが悪かったのか)さえ弾かしてもらえず、苦手なオタマジャクシの楽譜ばかり・・・
そうなると、えらいもので体に拒否反応が・・・
琴爪をはめる、人差し指が腫れて爪が入らなくなった。
その指を見せて、お稽古をやめたのである。

13年も前の話である。
その後「お琴教室」はどうなっただろうか、以後広報で見かける事は無かった。



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