桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

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YGP

  1. 2009/01/25(日) 17:10:17|
  2. ■Bakoの事
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昨年の10月、地方紙の音訳中に、目に止まった記事。
『YGP』八幡浜元気プロジェクトが活動の一端としてタウン紙を発行する。
制作委員として一般参加の募集、2名。
ちょうど本作りに興味をもっていた時期だったので応募してみた。
「条件は・・・年齢制限ありますか?」
携帯メールでのやりとりのあと、採用された。

第1回の制作委員会の日。
指定された市のセンター研修室を覗くと、5・6人の高校生がたむろしている。
部屋を間違えたかときょろきょろしていると、一人の男の子が
「ここはYGPですよ」
明らかに、部屋が違いますよ―って顔で言う。
同センターではカラオケ・陶芸・詩吟などの教室もあるので・・・
「はぁー!私、YGPにきたんですけど・・他にYGPの部屋あります?」
と私も戸惑いながら返事。

そうこうしていると二十歳そこそこの委員長と称する人が来てにこやかに
「よく来てくださいました。どうぞ!どうぞ!」
(後で知ったが24歳だった)
24歳には見えない童顔で、ラフな今時若者スタイルで胸元にはネックレスが・・・

集まったメンバーを見て驚いた。
下は中学生からトップが24歳で、もう一人の一般参加の女性が32歳。
これは~なんとも場違いな~
「撤退します!」
「いえ、いえ昔を知ってる方の貴重なご意見を・・・是非、参加して下さい」
伊予の大阪とまで言われた昔の八幡浜の片鱗を知る私であれば
『温故知新』少しは役に立つかなとは思ったが、廻って来たメンバー表、15・16・17歳ほとんどが10代。(ガキの集まりじゃん!)
「やっぱ・・・無理だわ。間違えた!」さすがの私も退却体制。
「そう言わずに是非・・・是非・・・」
高校生たちから拍手が沸き、とりあえず腰を落ち着かせる。

自己紹介・抱負などをのべるのだが、どうしてどうして今時高校生しっかりしたもの。
もう一人の一般参加のS女史はきゅっと髪を束ね眼鏡をかけ、黒のスーツにヒールを穿き、大きな書類バッグを持ってキャリアウーマンのサンプルのような人。
八幡浜で生まれ高校までは八幡浜だったが、大学・就職で昨年まで東京にいたとか・・・
今は設計事務所に勤めているが、本の製作には詳しい様子でノウハウを把握してるし、イラストも描けるし、レイアウトも出来る、PCに関してはパーフェクトだと冷たく聞こえるくらい綺麗な標準語でPRした。
(う~ん!そうだろうな!出来る女って感じ。唯一の大人なんだけどお近かづきにはなれそうにないタイプ)
私の自己紹介の番が来て
「肩書き・特技なんにもないKです。ただ本の製作に興味があったのと多少、元気だった頃の八幡浜を知っているので参加しました。
年は23歳(場がざわめいた一瞬間をおいて)の孫がいます。(大爆笑)
昔のことは聞いて下さい。」
一人の高校生が
「木蝋は日常的には、どんな使い方してたんですか?」
(近くに昔、木蝋が特産地だった地域がある)
「ごめんね!生まれた時、もう電気あったんよ」
「ご飯はおくどさんで炊いてたけどね・・・」
「・・・・」「・・・・」
「おくどに薪燃やしてお釜でご飯炊くの」
「・・・・」「・・・・」

ちょっと、面白くなった。
こんな子供たち(失礼!)が、どんな八幡浜の本をつくるんだろう!?
(内心はほんとうに出来るんだろうか?)
見届けるって言うか見学してみたい気持ちになった。
帰る時、駐車場に行ったら委員長は軽トラでS女史はオープンカーだった。

帰宅後、娘に話すと
「YGPのYはヤングのYやろう(笑)」
「PCも高校生は学校で習った以外は、Bakoの方が出来ると思うから自信もって良いよ。
まぁがんばりや!」



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世界で一冊の本

  1. 2009/01/12(月) 16:26:24|
  2. ■Bakoの事
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世界で一冊だけ・・・それも私だけの本。013.jpg
大好きな藤紫のカバーに桜・・・タイトルは『桜月夜』
想像以上に立派な本。
花音さまの写真と文章にお母様のお歌。
字も大きく、写真とお歌との見事なコラボレーション!
014.jpg
018.jpg
いつものことながら、彼女の想像力・着眼点・・・感嘆!溜息!
エッグアートや小物のあしらい(どんな頭脳してんだろう?)
洗練されたセンス(持って生まれたものなんやろうな)
お母様のお歌も一段と引き立って―素晴らしい!―のひとことしか・・・

以前、花音さまがお姉さまの本を作ったと言うのが、引き金になり、私も本を作りたいと思ったのだ。
その後、娘がブログを製本してくれて、ますます夢は膨らんだ。

先ず、下書き原稿を書き、国語の先生だったどんぐりの先輩に校正してもらった。
あらためて語彙の少なさ、言葉の使い方の間違いの多さ、いやというほど知らされて―
表現力の稚拙さ―文章を書くことの難しさに直面。
さてPCで原稿おこすのに今度はレイアウトに苦労。
もともとセンスの無さはわかってはいたが、まぁそれも私らしいかと―
その間、PCの不具合で2度の初期化。
設定し直すのに、最初の原稿と同様になかなか出来ず、途中10ページほどは消滅!等々
アクシデント続きで、モチベーションはどんどん下がって・・・
やはりド素人には、無理な話か・・・挫折!

とりあえず、試しにプリントアウトしてみたが、思うようにいかず、そのうち娘にもらった用紙もなくなって・・・
手元の用紙で印刷してみても写真の発色悪いし・・・
再び挫折!

歌集・エッセイ集との夢は遠のくばかり。

『ひとひらの幸せ掬う掌を落ちて こぼれし夢はいずこ彷徨う』

花音さま!
これだけの本、たいへんだったでしょうね!
「まぁ!きれい!」だけではすまない感動です。
これも自分でやってみなければわからないことですが・・・
お忙しいお仕事の合間をぬって、私だけのために、このような立派な御本
ほんとうに有難うございました。
『なんにもいえねぇ!』のが本心でございます。





ジャンパー膝?

  1. 2009/01/04(日) 15:38:13|
  2. ■Bakoの事
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昨年の11月頃から、膝に違和感を感じていた。
それまでも、たまに痛むことはあったが2,3日もすれば治っていたので最初はあまり気にもしてなかったが、痛みが持続的になり、12月になるとYGP(後日UP)の活動も活発になるので病院―どうせ老化現象だと言われるのがオチと―へ出掛けた。
レントゲン写真を前に、初老の優しそうな医者は、しきりに首をかしげ
「骨は非常にきれいなのですが、朝からの日常の生活をくわしく話して下さい」と言う。
「以前、やっていたスポーツは何ですか・・・」
(自慢じゃないが、根っからのスポーツ音痴)
「ママさんバレーとか(言いながらカルテを見て)今はしてなくても・・・
何か飛んだり跳ねたり・・・」
「いいえ―なにもやってません」

「一般の人には・・・ちょっと考えられないのですが、ジャンパー膝ってやつです」
「はぁ!?」
「普通はバスケットとかバレーとか走り幅跳びなど、飛んだり跳ねたりするアスリートが良くなるもので靭帯が炎症をおこしているんですね」
「はぁ!?」
「患部をあたためて―カイロが良いでしょう。安静にして自然治癒を待つしかないでしょう」
「痛み止はあげますが、きつい薬なので我慢の出来ないときにだけ用いて下さい」
「特に階段の上り下りや坂道はさけてください」
(うち二階あるし、家は蜜柑山の中やし・・・)
「完全に治れば骨はきれいなので、前より丈夫になりますよ」
―で・・・自然治癒を待て・・・と―

娘に伝えると
「ジャンパー膝?」大爆笑!「なんでBakoが?」
「そんなん・・・知っとる?」
「うちもBossも子供らもやっとるわ。大体スポーツやる人の怪我やが・・・うちは今でも膝痛いんよ」
「薬は副作用ひどいから、あんまり飲まんほうが良いよ」

三日ほど、カイロを膝にくくり付けて辛抱した。
結果、低温火傷!
どう考えても、私のなる病気じゃない。
あの医者、見立て違いかも・・・

次の日、隣市の総合病院へ
レントゲン写真を前に、カルテと私の体格を見ながら
「過激な運動をしているなどと言うことはないですよね?
普通はスポーツ選手に多いんですが」
(いっそラグビーを少々たしなんでます―言うたろか)
「骨は変形もないし、年齢にしては非常にきれいです。
膝蓋靭帯炎、(俗に言うジャンパー膝)痛み止の注射、打ちますか?」
「その注射で治るんですか?」
「いや、痛み止めるだけです」
「じゃあ注射いいです」
「もともと人間には自然治癒力があって(私の持論やん)治るのですが、これは慢性化しているので時間はかかりますが無理さえしなければ完治します」
「2,3ヵ月はかかるでしょうが薬は出しますから自然治癒を待ちましょう」


温湿布とあの、飲まない方が良い薬(前の病院と同じ薬)をもらって帰って来た。
膝の痛みを止めるか、胃の痛み・ジンマシンを覚悟するか―それが問題だ!

膝はいつも痛いわけではない。
屈伸がダメ・・・こたつに入っていて、いざ立とうとすると痛くて立てない。
そこでもぞもぞつかまれそうな物や所をさがしてうごめきJikoに「なめさん」(なめくじ)と言う有り難くない呼び名で呼ばれる。
それでやっと立っても生まれだちのバンビのように2.3回はよろけるが、一度立てば普通になんの支障もなく歩けるし、車の運転も出来る。

でも、なんで・・・?なんで・・・?
私がジャンパー膝なんかになったんだろう!
夜な夜な蜜柑山をキョンシー飛びした記憶もないし・・・

退行性変性(老化現象)と言われるよりは、良かったのか?
そうやな、両医師とも治るって言ったもん。
老化現象では治る見込みないしな!

お年賀

  1. 2009/01/01(木) 01:00:00|
  2. ■Bakoの事
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66-1.jpg

初春のお慶び申しあげます。
今年も牛歩千里でゆっくり、のんびりまいりますので、よろしくお願いいたします。


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