桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

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坊っちゃん!

  1. 2008/01/30(水) 23:08:21|
  2. ■Bakoの事
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どんぐりの先輩に誘われて初めて“ミュージカル”を観た。
平成18年東温市見奈良にオープンした「西日本初の地域拠点劇場」の『坊っちゃん劇場』
オープン第一弾作品がミュージカル『坊っちゃん!』
地方公演で八幡浜市民会館大ホール。
行ってみると超満員でどんぐりはじめ知った顔がそこかしこ・・
自由席だったが中央の前の方の良い席を確保していてくれた。

ジェームス三木脚本・演出。

scan.jpg


 オヤジ譲りの 無鉄砲
こどものときから 損ばかり 

面白かった!
楽しかった!
そして感動した!

幕間の無いぶっ通しの1時間半。
伊予弁も完璧だし、抱腹絶倒、時にはほろりとさせ・・・
「せんせー バッタとちがうぞなもし」

なんてったって歌が上手い(当たり前だろうが)
また、ばあや役のおキヨが良い味出してる。
客席が一体になって手拍子をとり・・溜息をつき・・爆笑!

ミュージカルってこんなに楽しいんだ!
この田舎ではそうそう機会もないだろうが次もくれば是非観たいと思った。

scan1.jpg


第二弾ミュージカルコメディ♪『吾が輩は狸である』♪
が劇場では絶賛上演中とか・・・

第三弾が『龍馬』
すべての道は龍馬(ローマ)に通ず!?
2008年3月22日初演。

scan2.jpg


終わって出ると出演者がみんなと握手していた。
私は『山嵐』『坊っちゃん』と握手した。
急いで携帯取り出すとポーズしてくれたんだけど―

KC280025.jpg

坊っちゃん役の三重野葵さん
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放屁事件簿

  1. 2008/01/26(土) 12:23:29|
  2. ■Bakoの事
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Jikoと結婚して早、半世紀の時が過ぎ去ろうとしている。
山あり谷ありと一言ですむべきもない険しい峰であり急流逆巻く渓谷であった。

大体別府弁は荒く汚いと良く叱られた。
共通語で
「どうしたのですか?もう一度云って見なさい」
伊予弁(特に南予は柔らかいと云うかのんびり)
「どがいしたがなら?もういっぺん云うてみなはい」
別府弁
「どげぇか?まいっぺん云うちみ」
3分の1の時間で終わる。
それに私は声が大きいので常にケンカしているように聞こえたかも知れない
勿論ケンカもよくした。
犬も食わないケンカの種は足の踏み場もないほど散らばっていた。
大立ち回りやくんずほぐれつはやらない。
あっ!実力行使一度あった。
ご飯時のちゃぶ台ひっくりかえし・・・
(気持ち良かったな・カイカ~ン!!ってヤツ)
Jikoは柔道・空手やってて体格は雲泥の差。
最初から負けるとわかった勝負をするほどバカではない。
捕まらない距離をおいて目から下は全部、口状態でまくしたてる。
植民地育ちだから

「てめぇ!」「われ!」「おンどれ!」

云いたい放題、噛み付いて気の短いJikoの瞬間湯沸かし器の熱湯が噴射するまえに撤退。
間に合わなくて逃げながら子供を楯に吠えることもしばしば!
娘が云う。
「ケンカしていた記憶しかないわ」
「どうして母ちゃんは父ちゃんと結婚したん?」

“魔がさした 

価値観・嗜好・趣味すべて合致点なし。
Jikoはサッカー・ボーリング・ソフト・ゴルフ・投げ釣り
私はスポーツオンチ。

昔っから今流行の『KY』の最たるものだし・・・
もともと天然だから認知症になってもその端境期がわからんやろう。
私にとって今なお『UMA』
(形態は似てるけどウマと読まないで)
今だもって思考・生態・行動、理解解明不可能。

まぁ50年近くも一緒にいれば多少のことは我慢もするし諦めもする。
わかろうとする努力も限界・エネルギーもない。
ほどほどのことは容認せざるをえないが、ただ一つ許せないのが放屁オナラである。
所かまわずどこでも「Buo~」
私が厭がるのを承知の上で私の方にお尻をむけて「Buo~」
やめてや!んもう~」ぎゃぁぎゃぁ怒るのに・・「Buo~」



昨夜もわざわざ横に来て
「Buo~」

しばらく間をおいて
包丁研いどけや
静かに低い声で云った。
「・・・・・・・・?」
「切れ味が悪かったら痛かろうもん。
すぱっと寝首が切れるよう、よう研いどけよ!」

その時の返しが
「その前に、お前を金束子でこすってやる!」
(はぁぁぁ?・・・・予測不可能。
なんだぁ?金束子?)
「全身きれいにこすって赤裸に剥いてやる」
(身ぐるみ剥いで・・とか、着物脱がして丸裸は知っているが、因幡の白兎にされるとは・・・)
(几帳面なJikoの事だから耳も残さず剥くやろな)

―がまの蒲どっか有ったかな!
寝首かく前にがまの蒲確保せな―

でもこれで裁判になったら
「被告人の動機は放屁で・・・」
厳めしい顔で裁判官は云うのかな!

明治時代、岡蒸気の車中で放屁すると罰金を科せられたと云うから意外と裁判は普通に行われるんやろうか・・

一週間このブログの更新がない場合は赤裸でがまの蒲にくるまって泣いているかお縄になって放屁裁判の日を待っているか―


宿坊:普賢院

  1. 2008/01/22(火) 22:16:36|
  2. ■同行二人-風遍路
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『高野山:普賢院』
前住職[ 森寛紹大僧正 ]が愛媛出身で賓頭盧さんが前住職の時代からお世話になっているお寺さんとの事。
先ずお寺の大きさに度肝を抜かれた。

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山門の立派な彫刻に驚きながら大玄関で小坊主(学生僧)さんに迎えられ(小坊主=修行僧・雲水さん?)

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待合所?の豪華な螺鈿細工の壁面、ホテルで云えばロビー。
ここでご住職の奥様(大黒さん?坊守さん?)にお会いした。
普通に毛糸の重ね着をしてロンスカ姿で
「寒い所をよくお参りされました」
二日間、お寺でお会いした女性はこの方一人(いや二人?)私会ったもん?
長い長い廊下を部屋へと案内されるのだが、小坊主さんは草履ですーすーと静かに足音も立てず歩く。
賓頭盧さんは最初っからスリッパ履いていない。
私にはスリッパが大きすぎてドタバタドタバタ廊下に響くので最後尾に廻りそっとスリッパを手に持って歩いた。

通されたのは二階の二間続きの和室(当然やな)
エアコンで部屋も暖めてある。
賓頭盧さん達は隣の部屋。

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香が焚かれた床の間の“干支の切り紙”
聞けば高野山は稲が無いので“宝来”と言って注連縄の代わり?だって・・

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間仕切りの襖。
廊下に面した入り口は障子で鍵は無かった(お寺さんだもんな)

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窓際の板の間スペースには応接セットがおかれ窓から見えるお庭。

全て和風だがトイレはウォシュレットで広く綺麗だ。
アメニティグッズも洗顔フォームが無いだけですべて揃っていたし浴衣も丹前もあった。

お四国さんでの宿坊とは全然違っていた。

「お食事のご案内いたします」
障子の外で小坊主さんの声。
出て見ると草履をちゃんと脱いで立っていた。
「和室ですか?」
正座きついなぁ~と思いながら・・
言葉のニャンスで察した小坊主さんは
「ご用意致します」
話をする時にはいちいち草履を脱いで会話する。

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持って来てくれた座椅子(座枕?)

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配膳をする学生僧(まだ中学生くらい)

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手前でハレーションおこしているのは賓頭盧さんの頭。
食事は賓頭盧さんたち4人一緒に・・・

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これにお豆腐と根菜の椀物とにゅうめんのおすまし。

『精進料理』
四国の宿坊ではお刺身がついていたが普賢院では本当の精進料理だった。
初めての食感の物もあり小坊主さんに聞いたが
「私はお運びだけでわかりません」
と顔を真っ赤にして云うのでいろいろ聞きたかったがひかえた。
お味は京風で上品な味付けでどれも美味しかった。
「出された物は残したらいけんがで~葡萄の皮も残されん」
賓頭盧さんに云われ
(オイ!オイ!)
とJikoを突いて苦手なピーマン・人参の残った皿とJikoの空の皿と交換。
葡萄の皮はテッシュに包んで空になったお椀に急いで隠して蓋をした。

明朝は5時起き!
『朝の勤行』 

美空ひばり

  1. 2008/01/14(月) 15:35:41|
  2. ■Bakoの事
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13日、お昼過ぎ和ちゃんから
「急に行けなくなったので・・・」
と『美空ひばりフイルムコンサート』のチケット二枚。

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心当たりのバーバラ2・3人に電話してみるがみんなすでに購入済み。
もったいないから
「テレビと同じじゃろ―」
と気の進まないJikoに
「入場してつまらんかったら帰れば良い」
強引に連れて行った。

会場は「ゆめみかん」

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99%がバーバラ。
「Jiko 大奥じゃん!」
「・・・・・・」
平均年齢60代~いや70代?
後ろから見るのに白髪・もしくは薄い・又は毛糸の帽子。
色とりどりといっても灰色・茶色・黒の帽子。
私のちょうど前のバーバラ今時のヘヤーピースではなくひと昔前のかつら。
止める地毛が少なくたくさんのピンで留めてあるのだが土台を無視してかつらだけがピョコピョコゆれる。
ピーンと弾きたくなる衝動を抑えるのに必死。
一張羅のちんちべべ(外出着)なのだろうナフタリンとサロンパスの匂いの充満した会場。
みごとに赤やピンクや華やいだ色彩は皆無。

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『美空ひばり』はさすがだった。
2時間半にわたり50曲。
聞かせた~酔わせた。
同世代の私にはその時々の時代・事柄を思い起こさせてくれる。
私同様、同世代を生きたバーバラ達は時には口ずさみ・拍手をして感激の波が会場いっぱいに広がって行く。
「ひばりちゃんっ!」
「日本いちっ!」
大向こうから声を掛けたいであろう雰囲気が・・・

映画の部では水戸光子・山田五十鈴・佐分利信・市川右太衛門・柳家金語楼等々懐かしい名前が・・
その都度
「あ~ぁ!」
「そう!そう!」
溜息と共に頷いているバーバラ達。

戦後のまだ私達がもんぺ姿だった頃地獄めぐりに来て“鬼山地獄”で見たひばりちゃん。
目にも鮮やかなひまわり柄のフレヤァースカートを穿きビニールのバッグを持っていた事。
それ以来、ひまわり柄のフレヤァースカートは私の憧れだった。
その頃、私達は“きぐち”と云う持ち手が木製で袋部分は布製の袋が主流だった。
テレビなど無い時代ラジオから流れるひばりちゃんの歌に聴き惚れひばりちゃんの新曲を歌える友達は人気者だった。

ひばりちゃんが「小林旭」と噂の有った頃“八幡浜劇場”にひばりちゃんが実演で来ていて裏道に当たる家の前を小林旭が通って劇場の裏口から入った事。

懐かしい曲であの日・あの時が瞬時によみがえる。
どっぷりひばりワールドにつかったあっと云う間の2時間半だった。



いざ! 高野山

  1. 2008/01/09(水) 20:17:03|
  2. ■アンビリバボーな面々
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さて・・・・・
話はさかのぼって11月の中旬。
賓頭盧さん に急きに急かされて・・・
高野山行きが決まって、先ず私のしたこと―。

賓頭盧さんの 迷子札 いや“お願いカード”
住所・氏名・生年月日・血液型・病院名
静さんの携帯番号等を明記したカード。
万が一はぐれた場合とっさに言葉の出ない賓頭盧さんの首に携帯ストラップでぶら下げた。

「これを見せて電話して貰い~」

物見遊山の旅ではないので着替えは ステパン のみ。
上下の白衣(あいにく私は夏用しか持ってない)と納経帳と参拝用品それに宿坊と云うことで洗面道具とパジャマ二人分を小さいバッグに詰め込んで・・・
高野山は7℃とのことで―我が物と思えば軽しとばかり―タンクトップ・薄手のババシャツ・薄手のタートルネック・トレーナー・ベスト・その上にジャンバーを着込んだ。
念の為、パシュミナと薄手のタイツをショルダーバッグに入れて・・・
暑ければ脱いで引っ担ぎ用に軽いナイロンのナップザックも片隅へ・・・


※ステパンとはン10年前からMiyaちゃんに教わった方法で旅行の際ちょっとゴムの緩んだのやレースがほつれたショーツをはき捨てると云うもの。
私は コメパン なのでくるくる丸めてティシュに包みその上、不透明なビニール袋に入れてお手洗いのダストボックスに捨てるのである。


“21日弘法の日”
6時40分出発。
(5時半と6時2回賓頭盧さんより電話あり)

賓頭盧さんは小さいリュック(時間ごとに飲む薬と水とタオル)を前に掛け納経袋を持っただけだが静さん、まるで海外旅行(どんだけェ~おるんかい?)のような大きなキャスター付きのスーツケースにリュックその上、片手には紙袋。
ショルダーバッグ一つ両手の空いてる私はこの紙袋を持つ覚悟はしたがなんと中身は時期的にまだ珍しいミカンだった。
(ずっしり重たいの!)
かくして二泊三日の旅が始まった。

JR・新幹線など往復6枚のチケット。
チケットの同じ様式のご案内が付いて渡された枚数二人分14枚。

岡山でも新大阪でも乗り換えの時間はたっぷりとってあったが何10回となくお詣りしているので任せていたのが間違いのもとだった。
静さんは今まで賓頭盧さんに付いて来ただけで右も左も分からないと云う。

新大阪のごった返す人混みのなか

「すいませ~ん!ちょっと通してくださぁ~い。
有り難うございま~すっ!」


大きな声で連呼しながら人波から両手を広げ賓頭盧さんをガードしつつ頭上の矢印頼りにやっとの思いで改札口へ・・・
大都会の人達は優しかったよ。
ビィクラ・ビュクラ歩く賓頭盧さんを押したり突いたりすることなく道を空けてくれた。

改札口に賓頭盧さんを連れて行き私達は隣の改札口から出た。
静さんがチケットを差し込む。
賓頭盧さんははずみをつけて改札へ~
自動改札のゲートが賓頭盧さんの前でパシッ!
 ばぁ~ 
賓頭盧さんが叫ぶ。
静さんのことを賓頭盧さんは(ばぁ)と呼ぶ。
戻されたチケットをもう一度静さんが差し込む。

賓頭盧さんは再びはずみをつけて改札へ~
又もやゲートが賓頭盧さんの前でパシッ!

ばぁ~

「チケット全部いれて・・・」
(往路のチケット3枚同時に入れるのだ)
と叫んだらあわてた静ざん“ご案内”まで入れたらしい。
賓頭盧さん 三度目のパシッ!・・・

ばぁ~ぁ~  

―悲鳴を上げた―
とうとう駅員さんが飛んで来て手動で開けて出してくれた。
すったもんだの末、おとなしい静さんには任せてはおれない―初めての私が主導権を握る。
なぁに多少訛りは有っても日本語話せりゃなんとかなる。
新今宮から南海電鉄で“極楽橋”
満員電車の中でも
「すみませぇ~ん。
座らして下さい」


大きな声でお願いして賓頭盧さんの座席を確保。

“極楽橋”からケーブルカー

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高野山駅に―

午後4時 宿坊の『普賢院』無事到着!

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嬉しそうな賓頭盧さん。
10時間の長丁場 良く頑張ったね(私も・・・)

我が家のお正月

  1. 2008/01/04(金) 20:58:21|
  2. ■夜桜一家
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我が家はめっぽう狭い。
年々、孫達は増え大きくなる。
今までは
「こじゃめ(ちぃさい子)は下(階下)」
と台所にちゃぶ台を出して板の間におちょっぽだったり隣の寝間に2・3人移動だったり・・・
今年は娘の提案で私のPCコーナーが(両側がたためる洋裁台)寝室にしまい込まれた。
初めて せりこわりこ(押し合いへし合い) ながら全員13人が一堂に会することが出来た。

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私は2・3品作っただけで娘・息子宅にパラサイト。
両家から持ち寄られたバッティングしない料理が所狭しと並ぶ。

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『孫勢揃い』

長谷小(山間の学校)全校生徒より多いわ!

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3年前のお正月

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今年はKenが170越えてCyaoを抜いた。

ご機嫌になった息子が何を血迷ったか
「お姫様だっこしてくれ~」

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酔っぱらった叔父を笑いながらひょいと抱き上げたTochi。
―云っておくが息子は決して小男ではない―
「お~ぉ 何年ぶりやろう・・」と感激!?
はぁぁ!?
「オイ!オイ!誰に・・?いつ・・?」
外野席からヤジがとぶ・・

「ベンチ200あげるからな!」とTochi。

20080104214847.jpg


残り少なくなったフルーツサラダをボールごと抱え込んでひたすら食べるぴーちゃんとCyao。

食べて笑って笑って笑って

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頌春

  1. 2008/01/01(火) 00:19:12|
  2. ■えとせとら
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  4. | コメント:18
11.jpg

2008-nezumiic2.jpg


初春のお慶び申しあげマウス

旧年チューはみなさま大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。

さて
今年は[ 子年 ] 私、年女です。

あのぉ~可愛らしい二十日鼠(見えないと思って・・・)ですのでブログに来られた方を決して囓ったりひっかいたりはいたしませんので、心おきなく安心していらして下さいませ。
まぁ時には嬉しさのあまり飛びつくことは多々あるやもしれませんが・・・ 
餌は[ コメ ]を与えて下されば喜んでおります。

みなさまのお宅にもチョロチョロ出入りいたしますが何にでも食い付く習性はございますが[ コメを食いアラシ ]たりは決していたしませんので“ねずみ取り”だけは仕掛けないで下さい。

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