桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

光る地デジ!

  1. 2007/11/30(金) 21:06:57|
  2. ■アンビリバボーな面々
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12
Miyaちゃんが2ヶ月前地デジに買い換えたそうな・・・
その夜

夜半にふと目覚めると地デジの後ろあたりからぼっ~と青い光が・・・

(でたぁぁぁぁ!)

身動き出来ぬまま見ていると気づかれたと思ったか青い光がフッと消えた。

ほっ!とする間もなく
また青い光がぼっ~・・・消えた~・・・ぼっ~・・

一定の間隔を置いて光る。
(あ~ぁ地デジは消しても光るんや)

納得して眠った。
次の朝 例のおいさん(Miyaちゃんグループではメカに強い)に聞いた。
「地デジが光る?聞いたことないで・・そりゃ漏電しよるんじゃろ」
あわてて呼んだ電気屋のにいちゃん
「地デジが光る?・・今まで聞いたこともありません」
しばらく調べてどこもおかしい所は無いと帰って行った。
夢でも見たのか・・いや確かに光っていた。
2・3日何事もなく地デジも光らなかった。

が・・4日目の夜。
また地デジが青い光をぼっ~・・と光ったり・・消えたり
意を決して電気を点けた。
そこで見た青く光る物の正体は

“携帯電話”

不在着信のランプ!
「こんなん点くん知らんかったもん!!」
けろっとして云った。

―あんたぁ~携帯持って何年になる?―





スポンサーサイト

音センサー

  1. 2007/11/27(火) 15:52:45|
  2. ■夜桜一家
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:11
別府からばばさま台風上陸。
Miyaちゃん の来襲!

いつものように二日前、大きな荷物が届く。
当日も桟橋まで迎えに行くと膨れあがったカートを引っ張り両手に大きな紙袋。
エッチラ・エッチラと降りてきた。
(おい!おい!引っ越して来たんかい!?)

荷物を開けると
出てくるわ~出てくるわ

米・梅干し・佃煮3種類(昆布・紫蘇の実・きくらげ)・パン・お茶・ふりかけ・お菓子類が6種類・スープの素・むかご・銀杏(いっぱい)・
(無人島じゃあないよ)
―昆布の佃煮は美味しかったから―と2キロ。

例によって私の体格・好みを無視した洋服2枚。
和服地やデニムで作った大小様々な袋が5ッ。
パンスト10足・ソックス2足。
晒し一反(意味わからん)
来年の干支の置物。
「生き形見分けや」
バスタオルに包まれたなんとかの花瓶。
6種類の香水のセット。

以上がお土産。

夕方、娘Mに土産を届けると云うので出掛けた。
勝手知った家に上がるとつるべ落としの晩秋の客間は薄暗かった。

20071127162723.jpg

     『こいつだっ』

電気をつける紐が無い?
スイッチも見あたらない!
奥から
「音センサーやけん~手を叩いてぇ」と娘の声。
JikoとMiyaちゃん

“パン パン “パン パン


あれっ!
「何回叩くん?」

“パン パン

「点かんでぇ~」
「叩き方が悪いけん感知せんのやない?」とM。

3人が電灯の下をくるくる廻りながら手を上に上げて

“パン パン “パン パン

笑いをこらえきれずニヤニヤしながらMが

“パン・パン”

点いた!



Mの手にはリモコンが・・・

続きを読む

予定=未定=決定

  1. 2007/11/22(木) 11:59:21|
  2. ■アンビリバボーな面々
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
賓頭盧さんに来年5月に高野山にお参りの予定を話す。
「じゃぁその時連れて行ってくれ」

いいよ!
納得して賓頭盧さん帰って30分後
「3月にしょうや」
いいよ!

二日後、
「やっぱり年内にお参りしたい。
12月は気忙しいけん、11月どうなら」
(とこれが10月はじめの話である)
讃岐がまだ13ヶ寺残っているのでそれでは急だが10月の末までに打とうか~
JikoがOKした。
すると次の日

「11月高野山は雪じゃそうな。
今月行こう・・・・」

そこで賓頭盧さんが“ばー”と呼ぶところの奥さんの静さんを加えての相談となった。
静さんは名前どおり物静かでおっとりして声を荒げたり大声を出しているのを見たことのない私より3・4ッ若く私とは正反対の人だ。
体が不自由になってからは特に
「いふ(癇癪)を起こしてお袋が可哀相です」
と息子さんがいつも云う。
ちょっと静さんの姿が見えないと
「どこに行った・・・何しに行った」
孫(22才)が9時に帰って来たと
「子供が夜遊びする」
孫の靴の脱ぎ方がどうの・・口の利き方がどうの・・
孫を怒り静さんに当たる。

私は
「考えても見。
自分の体さえ思うようにならんのに“ばー”や孫が思うようになる訳ないやろ!
思うようにならんで当たり前。
いちいち怒りよったら又血管切れるで―」

だから他人の私達にも都合があることを暗に含めて話すのだが一端思い込んだら意のままにならないと気が済まない賓頭盧さん。

賓頭盧さんは或銀行の本店で本部長にまでたたき上げでなった人でこの田舎ではちょっとした名士だ。
みんな敬語だが私はふつーにタメ口で話す。
同い年だし別に上司でもないし・・・
定年までスーツ姿の賓頭盧さんしか見たことが無かった。
だから部下をはじめ家庭でも(あんたが大将)で口答えする人など(おまけに息子の嫁は元部下)いなかったのに私がぽんぽん云うので

「かあちゃん(私のこと)にはかなわんのぉ!」
「説教はした事あってもされた事は無いわ」

静さんも性格が分かっているので
「どうにか10月中に・・・」
と哀願するように云う。
まぁ百歩譲ろう~が20日までは私の予定がある。
それ以後なら日程・交通手段すべて賓頭盧さんの体調を考慮して計画するよう静さんに任せた。
静さんは何10回と高野山に同行しているので・・・

次の日 計画表を持って来た。
見ると移動時間・列車で7時間。
そこからケーブルカー・バスで9時間の行程。
「飛行機にすれば(45分)?」
Tochiの話を聞いていたので
「きれいなおねえちゃんが車椅子で降りるまでお世話してくれるよ」
ちょっとスケベ心を刺激して見たが
「空港で昔の知人にあったら・・・!
背広着ずに飛行機に乗るのは・・・」
と二の足を踏む。
賓頭盧さんの気持ち分からぬでもないので・・・

賓頭盧さんが長時間の列車と高野山まで8回の乗り換えをクリア出来ればいいよ。
と云ったら次の日、早速チケットの手配をして来た。
なんと21日の早朝出発!!
21日は『弘法の日』で信者にとっては特別な重要な日なのだ。


一週間後?


20日ぎりぎりまで私は 今川先生 の中級講座が入っている。
それに結願せずに高野山に行くのは最低限、私のアイデンティティが許さない。
と云うことは講座の合間を縫っての二日間で讃岐13ヶ寺打つことになる。
行くだけで240k~日帰りでは到底無理だな。

芥川龍之介の「杜子春」・宮沢賢治の「雪渡り」を熟読して録音の宿題もあるし・・・

しかし

チケットも買ったし宿坊も『普賢院』を予約した!と云う。




賓頭盧さん

  1. 2007/11/18(日) 17:43:38|
  2. ■アンビリバボーな面々
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:11
昨年の春、倒れて以来転院・入退院を繰り返していた 清ちゃん の体調がどうにか落ち着いて帰って来た。

まぁお義理にも濃いかったとは言い難い髪の毛は・・・

20071118174835.jpg


賓頭盧(びんずる)さんになり左半身に麻痺が残ってビュック・・ビュック・・と左足を引きずって
「ちんば馬になったけどお大師さまのお陰で生きてもんた」

言語障害は無いとは云っても・・・
私などもすぐ忘れるので口はばったいことは云えないが昨晩夕食に何を食べたか忘れる=夕食を食べたかどうかを忘れる位の差はある。
それに加えて賓頭盧さんの場合、時々回線が切れるのだ。
回線がなかなか繋がらずとんでもない所にリンクする。
云いたいことが整理付かずそれも断片で出てくるのでクイズをとくような会話にしばしばなる。

「女の髪が蛇になる~」
(メデューサか・・・)
「ギリシャ神話?」
「いや日本の昔~」
「安珍清姫?」
「そう!そのお寺のある~」
「和歌山?」
和歌山の話がしたかったのだ。

「吊り下げて切る~」
(アンコウか塊の肉か・・・)
「魚?それとも肉?」
「お得意様だけ自分が料理する~」
「コック長?」
二番目の息子が神戸でコック長。
で~この息子のお嫁さん
「たまげたてや~実家が伏見の月桂冠~」
「の・・・お嬢さん?」
「月桂冠の前の家の娘での~」
「はぁ~ぁ!?」
結果は息子の嫁が京都の娘だと云う話。

回線のアクセスが上手くいってる時は弁舌爽やかに(さすが元銀行員)の片鱗を見せる。

リハビリを兼ねて歩いて家まで来るのだが
朝 7時過ぎ
「朝飯 持って行くけん~待ちよれ」
200mほどの距離を20分かけて3センチほどのちぃさなお饅頭を3個持って来た。
それも賞味期限切れだ。
その前は 1ヶ月賞味期限の過ぎた煎餅を3枚。
湿気っていたがまぁ~許そう。
昨日は07・4月が賞味期限のクッキーを3枚。
(私なら賞味期限剥がして持って行くなぁ)
とか思いながら・・・
流石に口にはしなかった。

3時のおやつに持って行こうとお昼頃に買って律儀に3時までとっておいた 熱い ぬるい缶紅茶。

賓頭盧さんには他意は無いのだ。
ビュック・・ビュック・・と体をゆすりながら一生懸命歩いて持って来て呉れるのだ。

その賓頭盧さんが
「お礼参りに高野山に連れて行ってくれ」
と云いだしたのだ。

賓頭盧さんは『権大先達』の資格を持ち丁度「金札」を印刷した時点で倒れた。

「頑張れ!歩けるようになったら一緒にお参りに行こう!頑張れ!」
「頑張れ!動けるようになったらどこでも連れて行ってやる!頑張れ!」

とリハビリの時間を見はからっては病院に行き激励し続けたJikoにとっては嬉しい!?話ではある。




第74番札所~第75番札所

  1. 2007/11/14(水) 23:32:40|
  2. ■同行二人-風遍路
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
医王山甲山寺いおうざんこうやまじ

20071113233802.jpg


甲山を背に田園風景の中にあるがいかにも霊地らしく、辺りは清浄な空気に満ちているかのようである。
幼き日の弘法様がこのあたりで遊んでいたとか・・・

20071113234248.jpg


親子地蔵尊
大師堂へ登る石段の隣りに祀られているお地蔵様。
お地蔵にすがりつく幼子の表情が可愛い。

20071113234935.jpg


大師堂横の岩窟は間口2・5m奥行3mほどあり奥に毘沙門天石像が・安置されている。

 のぼり旗はためきゆれる萩まつり

           人々集いて賑わいており



道中の沿道に延々とのぼり旗が続き交通整理も出て大きなお祭りの様子であった。
確か『萩原寺』だったか・・・

五岳山善通寺ごがくざんぜんつうじ


弘法大師生誕の地。


20071114102645.jpg


広大な境内。
45万㎡の敷地内には数多くの堂塔が建っている。
父君が広い荘田を持っておられたとか・・・

20071114102803.jpg


御影堂がお生まれになった所。
大師誕生の時に用いたという産湯の井戸などがある。

20071114233954.jpg


20071114104932.jpg


こんなプレートがあちらこちらに有るのだがひとつも作動しなかった。
さわやかな声はおろかうんともすんとも・・・
石手寺と同様 観光化しすぎている感あり。

4時30分(お寺は5時まで)に到着したのだが本堂を閉める準備をしていたTシャツ姿の尼僧にぞんざいな口調で本堂を出るよう促された。
それも読経の途中に押し出されたのだ。
善通寺には高名な尼僧がおられると聞いたが~同一人物かどうかはさだかではない(まさか―)・・・

私は誕生日が同じと云うことで少なからず思い入れのあった善通寺だったが確実にワーストクラスにランクイン。

弘法大師は宝亀5年6月15日のお生まれで
承和2年3月21日入定された。
毎月21日は『弘法の日』としていろんなイベントがある。
ちなみに3月21日はあの“ののちんぴーちゃん”の誕生日。

20071114234245.jpg


広い参道をお掃除していた人に
「広くてたいへんですね」
と思わず声を掛けると
「お寺さんは山門の内しかお掃除せんので私が時々こうしてご奉仕しよるんよ」

今年はここで打ち止め(ちょっと後味悪い打ち止めだ ) 走行距離 409k。

来年の春、結願し5月に高野山へ詣でる予定。


と・こ・ろ・が  


走れない運動会

  1. 2007/11/10(土) 15:34:55|
  2. ■Bakoの事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:13
『障害者と健常者の浜っこミニ運動会』

その日、会長とベテランAさんが行けなくなって私と去年からどんぐりに入会した新人のトシちゃん(下っ端の二人)がボランティアとして浜っこミニ運動会に参加することになった。

私の思惑違い・・浜っこ=子供だと思いこんでいた。
会場に行ってみると98%がしっかり成人以上(中高年)
障害者=視覚障害者だと思ったこと。
知的・身体障害者のすべてであった。

20071110102224.jpg



要領の分からぬ 私達二人は借りられて来た猫ならぬ白日の下にほっくり出されたもぐら同様、オタオタ・ウロウロ。
市長・市会議長の簡単な挨拶の後、運動会が始まった。
手話通訳つきである。
運動会にはつき物の賑やかな音楽なし。
先ず競技の前に

『絶対 走らない事!!』

アトランダムに名前を呼ばれ障害者と二人一組での競技をする。
先ず最初に組んだのは40代後半と思しき体格の良いボリュームのある女性との借り物競走。
私がリードする側なのに
「走らないで―」
「走らないで―」

の声に
「競歩で行きましょう」
と云うとスゴイ勢いで歩き出した。
腕を組んだ私は押され引っ張られ軌道修正出来ずとんでもないほうに連れて行かれるはめに・・・

やっと紙を拾ったら何も書いてない。
点字なのだ。
「点字読めます?」
「読めません」

視覚障害者ではなかった。

さいころ競技では1~6までの手話を覚え臨んだが、私のつたない手話より見た方が早い―だよネ・・
横に、時折奇声を発して飛び上がる重量級の男の子(と云っても20代)がいて、その声の度に私の方がヒクッヒクッ!!

20071110121212.jpg


20071110130444.jpg


ジャンケンをして勝つまで次へ進めない競技。
これがぁタイミングが合わない。
普通はなんでもない―って思うでしょう・・・

20071110131713.jpg

自由気ままに玉入れの玉で遊ぶ人もいる。

20071110131557.jpg


魚釣り競技。
健常者がルール確認で一度やって見る。
磁石でかね部分にくっつけるか、かねの輪に釣り針を引っかけるか・・・
なぁ~て事なく一発でクリア。
次は障害者をサポートして

20071110131635.jpg


S58年生まれと云うこの子?
私が近くに磁石を落とし

「引いて・・こっちに引いて」

「引いて・・手前に引いて」
幾度云っても上に引き上げてしまう。

帰ってJikoに話すと
「ここらの子やったら ひこずって 云うたらわかるんやった・・・」

最後の玉入れにいたっては玉を集めて抱え込む人ありそれこそめくらめっぽう投げつける人ありで玉が上からではなく横から飛んで来る。
玉の飛来を除けながら拾って渡すとそのまま投げ返す・・・
「キャッチボールやないんよ。
上の籠・・上に投げて・・」

ボランティアの人数が少なかったため15競技のうち10競技参加。
朝の9時から午後3時まで・・・
なにはともあれ貴重な体験の一日であった。
ほんとうに主催者のみなさんご苦労様でした。

本音“つかれぇたぁ~”心身共に―

第72番札所~第73番札所

  1. 2007/11/06(火) 16:28:53|
  2. ■同行二人-風遍路
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:9
我拝師山曼荼羅寺がはいしざんまんだらじ

20071106161433.jpg


樹齢1200年
大師『お手植えの松』『不老松』とも『笠松』とも云われ高さ4m直径17mに広がる枝葉は壮観だ―ガイドブックに―

お寺の境内見渡すがそれらしき松見あたらず・・・
納経所に聞きに行くと
「5年前に枯れました」

あれっ!不老松じゃ~無かったんだ~
「枯れた松でお大師さまを彫ってありますので・・」

20071106161530.jpg




20071106161504.jpg


在りし日の写真が立て札に・・・


 纏い付く 金木犀の香り乗せ

             寺から寺へ結願近し
 

20071106204531.jpg




我拝師山出釈迦寺がはいしざんしゅつしゃかじ

20071106205341.jpg



20071106205207.jpg


『捨て身ヶ嶽禅定』
弘法大師が7才の時(幼名真魚まお)衆生を救わんと我拝師山の頂から峪へ身を投げた。
その際に釈迦如来が紫雲と共に現れて『一生成仏』の宣を授け天女が天降り羽衣で抱きとめた。

20071106212428.jpg


70番を過ぎた頃から
「もうすぐ結願ですね!」
「後一息頑張りまっしょい!」
出会うお遍路さんの挨拶もモチベーションが上がって来た。


 秋深し 山道ゆけば いのこずち

           何処で付いたか 何処まで行くか 



第70番札所~第71番札所

  1. 2007/11/01(木) 14:06:25|
  2. ■同行二人-風遍路
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
七宝山本山寺しっぽうざんもとやまじ

四国霊場広しと云えど“馬頭観世音菩薩”が御本尊なのは唯一此処だけ
境境内は2万㎡と広くてしっとりと落ち着いた佇まいである。

20071101135338.jpg


等身大 二頭の馬像

20071101135505.jpg


大同四年建立の五重の塔などは往古の姿そのままで、遠くからでも見えた。

20071101135547.jpg


本山寺鎮守堂
桧皮葺きの美しい傾斜を見せる室町時代末期の様式を残す。

20071101135526.jpg


 乳色に 遠く山々沈みおり

            金木犀の香り漂う
 

車遍路の方に
「これからの道でねずみとり・シートベルトなど車遍路を標的に取り締まりがある。
制服では無く私服の警官(百姓に化けてる―と言った)が立っている」
情報をキャッチ。
山道や狭い道ばかり走っていてつい飛ばしたい道路が13k続くのだ。
「気ぃつけや!飛ばすな!」
連呼しながらJikoにブレーキかけつつ国道11号線を走る。



剣五山弥谷寺けんござんいやだにじ

山道にかかるとロードコーンが道の真ん中に・・・
引き返して麓の駐車場に車を置き歩いて山道へ・・
(後で聞くと山陰で見えなかったが料金所があり大師堂の下まで有料で行けたそうだ)

両側が竹林で2・3段上っては1mほど歩き・・・と緩いが長い石段が山中へと続く。
その途中に点々と赤い涎掛けの風雨に晒されたお地蔵さんや石仏が随所にあり人にも出会わず踏みしめる枯葉の音と竹の葉擦れの音のみ。
昔から死霊のゆく山と信じられているらしいが・・・
いかにも・・って感じ。

20071101170202.jpg


その途中にあった浮き世ばなれした茶屋。
人の気配なし・・・

20071101170238.jpg


役目を終えた梵鐘が朽ちた堂宇の縁に置かれているのも侘びしい。
やっと人の居る大師堂の下に出る・・・みんな上の駐車場まで車で来ていた。
262段の石段。
大師堂まで上がったと思ったら本堂まで170段の石段。
それが結構 急勾配で・・・ジグザグについているので上は見えない。
「まだぁ?も~う弥谷(いやだに)はいやだ~ぁ!」
など云っているうちは良かったが心臓は早鐘・足は縺れて上がらない。
急勾配なのでうっかりしてると後ろにひっくり返りそうになる。
気を紛らわそうと石段を数えていると
―大師堂下から340段・山門からだと580段。
まだまだ有るよ―
数える気も失せて・・・1歩2歩足を運んでは手すりに縋って休む。 
さすが死者の逝く寺、生きてる私にはしんどい。
やっとの思いで辿りついた本堂。

20071101170334.jpg


靴を脱いで上がるのだがへたりこんで脱いでいると・・

20071101170317.jpg

(岩肌に白く見えるのは一円玉)
横で靴を脱いでいたこの子。
菅笠・白衣・金剛杖・頭陀袋・納札入・お賽銭袋。
私より完全なお遍路スタイル。
6才だと云う。
素足だったが甲がぷっくりと赤ちゃんっぽい足。
これまたちいさな手で足についた砂を払っている。
「あの石段上ったの?」
と聞くとこっくり頷いた。

 幼子の はだしになれば 足えくぼ

            縫い上げされし 白衣着ており 


20071101170301.jpg


じいちゃんばあちゃんに連れられてのお遍路さん。
年端もいかない子を相手に
「石段上がれたのもおかげや・・・」
「ありがたやありがたや~感謝せな・・・」
じいちゃんとばあちゃんがくどくどとちぃさい声で言うのに

「僕は誰にも迷惑かけてないやろ!
一人で上がったし・・何もお願いしてないし・・
おかげ・おかげ云うても僕はなんにも貰うてないし・・
感謝なんかせんわいっ!」

小気味よく叫んだと思ったら金剛杖を小脇に抱えて勢いよく石段を駆け下り始めた。
じいちゃんはあわてて後を追っかけ、ばあちゃんはしきりに周囲の人にペコペコ頭を下げた。

「いやぁ!一番悟ってるかも (しっかりしたこと云うなぁ)・・・」
私は小声で呟きながらあの可愛い足を思い出して頬が緩んだ。

20071101170352.jpg

大師が刻んだといわれる磨崖仏。
後日聞いたが[ 遍路泣かせ ]と云われる霊場だとか・・・

NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY


.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。