桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

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幻の白雲山荘

  1. 2007/03/29(木) 00:57:26|
  2. ■夜桜一家
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例の 白雲山荘ホテル である。

駐車場入り口には昭和天皇がお泊まりの際、詠まれた

『桜花 今をさかりと咲きみちて
      かすみにまごう宿の見はらし』


歌碑が建っている。

皇族方がお泊まりになる特別室。
聞くところによると
そのお部屋はペルシャ絨毯が敷き詰められボヘミヤクリスタルのシャンデリアが輝き黒檀の家具に金華山の応接セット。
贅を尽くした部屋の装飾品も書画骨董も国宝級の逸品ぞろい。
ちょっとあねさまが見ただけでも
翡翠の香炉・唐三彩の馬だか駱駝だかがあった・・と
ベットはキングサイズでビロードと紗の二枚仕立ての天蓋付き。
寝具はあの光沢から
ー絹だろう・・ーと云っていた。
夜ともなれば[ 東洋のナポリ ]と云われる見事な別府の夜景が一望出来る(らしい)
トイレまでは見なかったがなんでも畳敷きで赤漆ぬりの蓋だとか・・

娘達、最初の予定では新婚旅行は海外へ・・・
が(急な挙式ゆえ)
海外は海外でも豊後水道を渡って九州西海岸への旅。
予定は未定の気ままなドライブ旅行へと旅立った。
泊まるとこが無かったら
「車で寝るわ」
いかにも体育会系のふたり。

そこであねさまが二人には内緒で一肌ぬいだ。
白雲山荘の総支配人が知人だったので一見さんお断りの格式高いこのホテルの あの 部屋を手配してくれたのだ。
「一生に一度の事・・・一晩だけでも豪華な部屋に泊まらせよう」
との計らいであった。
後は車でもどこでもいいだろう。

驚かそうと詳しい事は話さず、別府では
[白雲山荘に予約入れてるから」
とだけ・・・

チェックインした頃を見計らって電話を入れた。
田舎育ちの二人さぞびっくりしているだろう。
「どう?」
「う~ん」
「凄いやろ?」
「べぇーつに・・!」
(まぁまぁものに動じない娘だが?)
「部屋どうよ?」
「どうよ??」
「ふつー」
こちらの期待を裏切って温度差低くっ!!
あの豪華な部屋「ふつ~?!」
ってお前どんな大金持ちのお嬢様~もしか私達大人とは価値観が全然違う訳?
私もMiyaちゃんも見た事もない部屋の様子聞きたくてウキウキ代わる代わる電話口に出るが疲れているのかテンション低い。
拍子抜けしながらもあねさまが
どうも子供で物の値打ちがわからんのやろうと
「飾って有る物さわったりベットのカーテン引っ張ったりしたらいけんよ。
高価な物ばかりなんやから・・
プロレスごっこ(ペルシャ絨毯の上でやりかねない)なんかせんでおとなしくしとるんよ」
「わかった」
感激も驚嘆のかけらも感じられない返答に
(喧嘩でもしたのだろうか・・・)

その夜は100万ドルの別府の夜景を眺めながら真っ白な絹のお布団で王子様とお姫様は夢路を辿った!!・・・はず

次の朝
宿泊料はあねさまが別府に帰ってから払うと云うと
「もう払った・・」
事もなげに答える。
当時10万は越えると聞いていたので
「高くてびっくりしたろ・・」
「ううん・・こんなもんやろ」

「は~あ!?」
聞いてみると3分の1にも満たない料金????

なんと王子様とお姫様は侍従の泊まる控えの間でお休みになったのだった。
あの お部屋は覗いても見なかったと・・・
出入り口以外にドアが有ったけど開けちゃいけないと思ったとか・・・

控えの間しか使って無いのを見たホテル側(総支配人)の良心的な措置であった。

そのホテルも別府温泉の人気の衰退と共にアミューズ型ホテルや格安ホテルの出現に閉鎖。
今では老人施設「ゆうゆうの郷白雲山荘」に建て替わってしまった。
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娘の結婚

  1. 2007/03/26(月) 00:05:16|
  2. ■夜桜一家
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20数年前・・・
娘はBossと結婚した。

遠戚がこの地方で初めてチャペル付きの結婚式場を9ヶ月後にオープンするのでそのこけらおとしに娘達が挙式する予定だった・・

新居が出来たのを期に入籍をすませ一緒に生活を始めた。
大家族のにぎやかな町中で育った娘は閑静な住宅地での二人だけの生活が寂しいのか
「お家に帰りたい・・・」
「お家の匂いが違う・・」
(今のMからはとうてい考えられない)
とめそめそしてBossを困らせたようだ。
そんなBossの心情を察してかコウノトリが急降下して舞い降りた。

私は後先考えず小躍りして喜んだ。
身ふたつになってママと同じ純白のベビードレスに包まれてチャペルでの挙式もありかな・・
         が・・・
昔気質で律儀なBossのお父さんは
「親戚にお披露目する前に子供が出来ては・・」
急遽 結婚式を挙げる事態になった。

それからお父さんと私は走り回って(ふたり原チャリでー) 取り合えず近場で空いている式場を探し案内状も出来合いで良い・式場のオプションすべてカット。
盛り花もテーブルに一つで良い・ケーキも張りぼてで良い・
余分な経費は押さえて~押さえて
ー少しでも可愛い孫のためにー
と意見の一致のもと挙式の運びとなった。

家で文金高島田の花嫁さんに変身。
風習どおり打ち掛け姿でご近所に挨拶回りしながら式場に向かった。
エスプリの利いた司会をするN君に
「新郎 妊婦 ・・・」等と云わないよう新郎のお身内・ご親族は真面目な方々ばかりなので・・釘をさした。

別府から 駆けつけた名取りのMiyaちゃんのあねさまが祝儀舞で華を添えてくれた。
娘の親友が祝辞の際、感激のあまり号泣しBossのご両親は「この子、Bossを好きやったんでは・・・」
と勘違いして心配する一幕もありで・・

血気盛んな新郎の友人がケーキを倒して半分に折れたりとのハプニングもあったが感激の披露宴が終わり・招待客のお見送りも済み・・

帰り際に気が付いた。

   花嫁下着姿であたふた

あっ!!
誰も私服まで気が付いて無かった。
大急ぎで弟のよーポンに取りに行かせたら脱ぎ捨ててあったよれよれの部屋着持って来た。

まるで12時過ぎたシンデレラ。
金襴緞子の花嫁御寮はみすぼらしい格好でこそこそと帰る事になる。
みんな着飾った晴れ着の身内の中見事なまでカジュアルな花嫁と云う奇妙な珍現象の道中である。






お湯の出口・・

  1. 2007/03/23(金) 15:02:56|
  2. ■Bakoの事
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私は お恥ずかしい話だが別府を離れるまでお風呂を沸かすと云う事を知らなかった。
朝 起きれば寝間着のまま温泉に入り着替え、夜寝る前温泉に入って寝間着に着替える。
46時中 温泉は源泉かけ流し。

別府音頭に唄われているように    
     別府 湯の町湯川に湯滝
      一夜千両のお湯が沸く

湧出量が豊富で至る所に温泉が流れている。
炊事場にも温泉を引いていて飲み水以外は温泉でまかなっていた。
洗濯もお湯の流れる川でする。

1年ほど都会の親戚んちでパラサイトしてたけど銭湯だったし・・
初めて銭湯に行った時も寝間着を持って行って笑われた。

結婚して初めて沸かし風呂に入った。
お湯を使って減ったのにいっこうにお湯が出て来ない。
しばらくあちらこちら捜すが・・お湯の出そうな場所がない。
主人を呼んだ。

「お湯の出口どこ?」

無尽蔵な温泉や銭湯しか知らない私の出た後のお風呂は3分の1位しかお湯が残ってなかった。

義母に
「汲み出すお湯は洗面器3杯で・・・
後何人もの人が入るんやから・・」

と云われ その一つの溜めたお風呂に家族(7人)以外にも“もらい湯”と12・3人が入浴すると聞いて驚いた。
“もらい湯”もお風呂を出た後 お風呂に蓋をする事さえも知らなかった。

カルチャーショック!?

義母が
「お湯を使い過ぎるので 終い湯に入んなはい」

それこそ半分くらいしかなく、ぬるい汚い?お風呂。
いままではざぁーざぁー溢れるお風呂にしか入った事のない私。
 入れるか 

なんだかんだ口実をつけて私は銭湯通いをした。
「内湯があるのに・・」
当時 町中で内湯があるのはまだ珍しく普通よりは大きな浴槽が自慢だったらしく非難を浴びた。

でも・・でも 3杯のお湯(使い過ぎを戒める例えだったようだが)では済まないし、終い湯にはどうしても入れない。

現在は二人になってパジャマで朝風呂に直行。
いろんな入浴剤を入れて湯船一杯湯を張っての~んびり入浴する。
ーあ~ぁ生きてて良かったぁー

私の唯一最高の贅沢である。

なんと・・失礼な!

  1. 2007/03/21(水) 15:36:47|
  2. ■アンビリバボーな面々
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娘からぴーちゃんの写真が[富士写真館]のウィンドに飾られているとメール。

早速Jikoとはせ参じ、あたりに人影のないのを幸いに
「きれいやなぁ!」
「この表情もいいね」
「やっぱ ぴー子一番・・」
じじ・ばば馬鹿ぶりを遺憾なく発揮。

20070321153238.jpg


さすがプロは“雪見だいふく”のぴーちゃんの一瞬の表情をとらえ、たおやかで・ほんわかした清純な落ち着いた優しいポートレートだった。
色白の肌の美しさもバックのセピア色とマッチして際だって上品に表現されている。
(ばば馬鹿とお許しを・・)

写メを撮っていると
「それ 中に入って出してもろて撮んなはいや」
通りかかった以前 商店街にいた時M店に勤めていてJikoとはソフト仲間だったFさん。
「いえ いえ・・」
散々称賛の嵐を聞かれたと思ったJikoは
「いや・・もう・・ふくれさがして・・」
とオロオロしながら言い訳めいた言葉を・・
「いや若い子はその方がええ。
今の娘らは 痩せとるほうがええように云うが若い子のガリガリはいけんで。
やっぱふっくらしとらな魅力がないわな」
Fさんが云う。

と その時、私達を見つけて店の中から若奥さんが仕事中だったらしく印画紙の束を持ったまま出て来て
「娘さんにメールしておいたんですよ。
これも良いでしょう。
“女優さん?”
“長澤まさみ?似ている”
子供達にも評判なんですよ」
(ウィンドが通学路に面している)
「あっ!この奥さんもふっくらプリプリしとる」
とJiko。
ーJiko流の褒め言葉だったと思うがー
(挨拶もなしに体型の話かよ!女性に・・)

と・・・チラリと若奥さんを見て
「あんたぁ!太り過ぎじゃぁ」
言下にFさんが云い放った。

しっしっ失礼な・・・

私は固まった。
血の気の引く思い。
この爺サマ連中 なんと云う事を・・・
なにかフォローを・・頭が真っ白になり言葉が無い・・無い・・

若奥さん
「もう 入りますッ」
笑顔ではあったが怒った様子でプイッと店に入った。

「いつも感じの良い奥さんなんよ。
きれいな人やない」
なんで そんな事を(言外に込めて・・・)
Fさんに云った。
Jikoも 驚いて
「娘の結婚式からなんからここで撮りよる。
長い付き合いじゃが・・・」
ーあとあと気まずいやろうー



Fさん 私らの狼狽ぶりに苦笑いしながら

「儂の娘じゃ・・」





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ホテルで朝食を・・・

  1. 2007/03/18(日) 22:28:10|
  2. ■思い出の糸をつむいで
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別府は観光地なので道を聞かれたり店を聞かれたり・・時には案内して上げたりは日常茶飯事。

当時の別府は修学旅行のメッカだったので学生時代には他校の生徒に頼まれて別府港で紙テープを引いて見送る事が良くあった。
長い棒にたくさんの紙テープを通して「螢の光」の流れる中、船は七色のテープをなびかせながら桟橋を離れる。
船便全盛の時代である。

その日 10代後半の私とMiyaちゃんは銀ブラを楽しんでいた。
(有るんですっ!別府にも銀座が・・・)
「良い喫茶店知りませんか?」
綺麗な東京弁で声を掛けられた。
二人連れの感じの良い30代の男性。

別府で一番と評判の[SWAN]に案内して紅茶とスワンのシュークリーム(当時高級品)をご馳走になった。
話している内 今夜は観海寺の『白雲山荘ホテル』に泊まると。
『白雲山荘ホテル』は市街地からちょっと離れた高台で皇族方がお泊まりになる超一流ホテルである。
「へ~ぇ!」
二人が目を丸くしていると
「明日の朝 ホテルで朝食をご一緒しませんか?」
外から眺めるだけで中には入った事も無いホテル。
二人 声を揃えて
「は~い。行きま~す」
朝食後 どこかに案内してくれって事だろうと・・

「タクシーに乗っていらっしゃい。
フロントに伝えておくから・・」

次の日の朝。
早起きして寝ぼけ顔でMiyaちゃんとタクシーで乗り付けた。
映画のシーンみたいな芝生のテラスに用意された これまた見た事もない豪華な食事。
別府湾を望みながら朝もやの中・・・
一流ホテルの緊張も忘れマナーもへったくれもなく喜々として二人はがっついた。
デザートも済んでお茶を飲みながら
「どこにご案内しましょうか?」
(てっきり地獄めぐりか城島高原でも案内するものだと思いこんでいた)
と云うと
「僕達 もう今日帰るんですよ」
と タクシーを呼んでくれた。

ホテルから出てタクシーにのるとこをMiyaちゃんのあねさまの知人が見ていたらしい。

帰るとあねさまに呼びつけられた。
(このあねさま生涯独身と思っていたら昨年喜寿で結婚し 今、新婚生活をしている)
「ちょっと ここにすわんない」
あねさまの前に二人は正座。
事情を話すと
「あんたら 馬鹿じゃねぇ!
大人がよ 朝ご飯 一緒にち云うのは夜を共に過ごして・・と云う意味よ。
ほんで ご飯だけ食べに行ったと?」
「うん。うん」
頷く二人。
「相手の人・・なんか云うたろうもん」
ううん~首を横に振る。
「呆れてものも云えんかったんじゃろう」
「今後いっさい、ひょこひょこホテルに行く事はならんよ」
「ハイッ!」

『ただ純粋に うちらに豪華なホテルでの朝食をご馳走したかっただけの奇特な人達だった?』・・と どこまでも天然の二人だった。

その後 何十年もしてから
「夜明けのコーヒーを二人で・・・」
と云う言葉が流行ったのだ。






相性?

  1. 2007/03/16(金) 15:34:35|
  2. ■アンビリバボーな面々
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Miyaちゃんが
「携帯買い換えるので同機種にしょう」
と[住民票][保険証]
(免許証がないと不便だ)
携えて来てから5ヶ月。

初めてではないのでおおまかに私が一日 娘が一日教えて終わった。
同機種だから遠隔教授出来るので・・
帰った当初は頻繁に絵文字メールも来ていたが暫く音沙汰なかった。

正月に
「メール届いた?」
家の電話にかかってきて
「いいや・・・」
「どうもこの携帯 私の云う事きかん。
相性が悪いごとある」

先日も 例の小包 が届いたので電話すると留守電。
メールしてもなしのつぶて。

固定電話にかけると
「メールが読めん」
「は~ぁ?メニューから・・・」
「メニューがない」
「センターキー押して・・」
「どこにある?」
どうも話が合わない。

よくよく聞くと
「相性が悪いけん、他のに替えてもろた」
そんな理由で交換してくれる?
半年以内なら無料で取り替えてくれるそうだ。

ところが 新しい携帯とも相性が悪くて・・
「なますか~んちおもちょったら向こうもすいちょらんごたる」
(私がほのかに嫌いだとおもっていたら向こうもきらいらしい)
男性ではなく携帯の話。
写真は消えるわ~メールは打っても届かんし~読めんし~

挙げ句の果て 携帯ではなく
「どうもauとの相性が悪い」
と言い出した。

「説明書と携帯持って来るね」
機能云々よりも六占星術で選んだ方が良かったかな?

その内 相性の悪い携帯とMiyaちゃんは海を渡ってくるだろう。


螢と蛍

  1. 2007/03/13(火) 16:24:47|
  2. ■Bakoの事
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講習会の朝。
うっかり寝坊して出発の25分前に起きた私は 前日のちらし寿しをお握りにして熱いお茶を買って車に飛び乗った。

今回 どんぐりからは11名の参加。
会場は道後の障害者センター『友輪荘』
 
20070312172542.jpg


正面に菊間瓦の鬼瓦が・・・

20070312172602.jpg


椅子の部屋が取れなかったとかで大広間の和室。
とんと最近 正座に縁の無かった私は 足が痺れるわ・足がつるわ苦行の5時間を強いられる。

講師は奈良から来られた宮本とし子先生。
私より高齢とお見受けしたが(違ってたらゴメンナサイ)さすが張りのあるお声だった。

開口一番
「音訳は下手で今一だけど声だけは大きいと云う方手を挙げて・・」
「ハイッ!!」
(えっ?私ひとり?)
(みんな自信あるんだ?)
私としてはここでアピールしとけば 会場で渡されたテキスト朗読しなくて良いのでは・・姑息な考えも働いたのだ。

「ではこの原稿をみなさんにわかりやすく読んで下さい。
みなさんには原稿をお渡ししません。
聞いただけでどれくらい理解できるか、はい!どうぞ」

(ええ~~??はぁ~?)
下手だと申告したのに初見で読めってか・・
下手のサンプルかよ・・

が・・そこはそれ度胸が服着てる私。
慌てず騒がず
「マイク要りませんっ」
断って読んだわさ・・
ーマイクがあればブレスがどうの細かいイントーネションまで指摘されるおそれがあると踏んだー

3分の2位読み進んだら何と漢詩だかお経だか小難しい漢字の羅列が2行。
幸い みんなは原稿見てないし チラ見すると先生もあらぬ方を見ている。
一呼吸おいて何事もなかったように堂々と2行すっとばして締めの文章を読んだ。

「さあどうでしたか」と先生。
(すっとばしには気が付いてない様子)
「これはあるお寺に書いてあった文章です」
分別=ブンベツと読んだけどこの場合フンベツだ。
先代=仙台(地名)に聞こえる。
句読点の前の音が・・ナンダラカンダラ
間の取り方云々・・・

無防備ですって両手揚げてるのに四方八方から手裏剣かよ~
『音訳は下手で今一だけど~』って前説は?ナニ??
読んだ本人 内容把握してないし すっとばして読んで文脈通じたのか・・

「大勢なので全員のお名前は覚えられませんが・・」
しっかり私の名前は覚えていた。
テキストに入り
螢と蛍の違いを言葉で説明せよ。
「螢は火ふたつにワかんむり虫。
蛍は火の無いホタル・・」
横から会長が
「かたかなのツにワかんむりに虫」
と助け船。

先生
「途中失明の方なら漢字でわかるでしょうが、最初から見えない方がいる事を考慮して下さい」

ヘレンケラーのサリヴァン先生じゃあ あるまいし・・・
ホタルはホタルじゃんか・・・
誰が螢から火を消した?


「宿題にします」

多分 次の講習日 私は風邪をひくであろう!事が予測出来る。



もしかして・・・

  1. 2007/03/10(土) 15:29:14|
  2. ■思い出の糸をつむいで
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その頃、私は“鉄輪の海地獄”周辺に住んでいた。
海地獄には千住さんの別荘があった。
海地獄のオーナーかどうかは定かではではないがみんなは
『海地獄の千住さん』と呼んでいた。
千住さんは東京在住で年に数回来ていたようだ。
千住さんのお嬢さんは私より二つか三つ上だったが、私達とは服装も言葉も違いずいぶんとおねえさんに見えた。
子供心に自分とは違う世界の人だと感じていた。
お嬢さんとたまに会う事は有っても話をした事も無かった。

テレビもない当時の東京は今のアメリカより遠い存在だった。

ある夏の夕方“海地獄”の前を通りかかると 二人のお姉さんが広場の鉄棒の前にいた。
一人は千住さんのお嬢さんだった。
うつむいていつものように黙って通り過ぎようとしたら ふいにお嬢さんが
「おひさしぶり 私の東京のご学友 ショウダミチコ さま。
こちら ご近所の方」
(そう お嬢さんは私の名前を知らない。
私も千住さんのお嬢さんとしか知らない)

とっさの事にどぎまぎしながら顔を上げた。
お相手のお友達は優しく微笑んで頷いた。
色の白いおとなしそうな綺麗なお姉さんだった。
私は戸惑いながらも何か云わなければ・・
口から出たのは ぶっきらぼうに 
「さいなら」
すると
「ごきげんよう!」
と小首を傾げてミチコさんが云った。
田舎者の私は
(はぁ~?)
と思いつつ帰った。

(東京サの人はみんなへんな名前・・
友達にもさまつけるんだ・・)
近所には東京の箙(えびら)さんの別荘もあったし千住さんも珍しかったし ショウダ さんも字が分からなかった。

お嬢さんと言葉を交わしたのは後にも先にもこれ一回である。
故に鮮烈な印象として記憶に残った。

歳月が流れ
『ショウダミチコさま』
『ショウダミチコさま』

ちまたに流れるこの名前・・・
どこかで聞いた名前だなぁ・・・!?

喫茶店のテレビでパレードの様子を見てはっと鮮明に思い出した。
(家にテレビはまだ無かった)
あの時の千住さんのお嬢さんのご学友だ。

「千住さんってお友達おられましたか?」
「別府の海地獄に遊びにいらっしゃいましたか?」

聞くすべは無い。
しかし あの日のあの方は『美智子さま』に間違い無かったと私は確信している。

美智子さま 一日も早くお元気になられますよう陰ながらお祈りしています。

“どんぐり”の10周年記念

  1. 2007/03/07(水) 23:30:45|
  2. ■Bakoの事
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  4. | コメント:6
足摺岬の椿まつりへ・・・
市の用意してくれたマイクロバスで2時間半の旅。
40代から70代(私一人~ほとんど50代)の女性10人の旅。
女性達とあってか添乗員は若いお兄ちゃん。
タッキーとまではいかないが結構ジャニーズ系のイケメン君。
彼にとって幸か不幸か“細木和子”もどきのオバサマはいなかった。
録音室さながら静かなおとなしい私達に戸惑い気味のイケメン君。

大先輩の中西さんに
「バスの中でのゲーム用意して来てね」
と密命?を受けていたパシリの私。

バスが動きだすと、借りて来た猫にも被っていた猫にも逃げられた私は 昔取った杵柄 (うそ) とばかりバスガイドを始めた。
運転席の後ろの一段高くなったスペースに腰かけて しきる・しきるMCやっている。
いつも迷惑かけてる先輩諸姉(しかも高学歴の方が多い)彼女達を相手に生息期間が長いのを味方に雑学勝負。

ふと気づくと例のイケメン君 私の後ろに靴脱いでおちょっぽ(正座)していた(エッ!?)
「なにか?」
(お仕事とっちゃいました?)

線の細いイケメン君はこの日 一日ただシャッター押すだけで ひたすら私達の後を付いてくる影の薄い存在になった。

全員PCするので変換ミスゲーム。
[ 肥満で命縮めるの早めよう! ]
[ いい太鼓ともいえない ]
[ 好青年金快感 ]
[ 亀以降の乳解禁 ]
[ 感性は餓鬼 ]
[ 秘め事情 ]  等々

「お得意の正確な発音・アクセントで読んで下さい。
で・・・正確な文章に直して下さい」

チェンジ歌
「炭坑節」を「黒田節」の歌詞で歌う。
「黒田節」は「炭坑節」の歌詞で・・・

『足摺サニーサイドホテル』で昼食。

20070307010656.jpg

20070307010716.jpg


椿はまだ4分咲きでおまけに先日の突風で散らされていた。

20070307011025.jpg

ピースしたら誰もしてないので慌てて下ろしたが指はピースしたまま・・・
足摺岬散策の後、第三十八番札所“金剛福寺”を参拝。
正式に又お参りに来ますと『般若心経』だけ納経。

煙るような春雨の中 “佐田沈下橋”
20070307011053.jpg

20070307011106.jpg

風情ある屋形船が・・・

帰りのバスでは 
パートナーソング(二手に分かれて同時に歌う)
「証城寺の狸囃子」=「かたつむり」
「あめふり」=「はとぽっぽ」

熟語三文字のしりとり書き取り。
旅行中ー中華街ー街路樹ー樹木医ー医師団・・

帰宅後お化けちゃまの会長からメール。
『今日はお疲れ様でした。
いろいろ、準備して頂き有難うございました。
得難い楽しいキャラで、長い道中がアッ!という間でした』

喜んで頂けたようで・・・良かったです“ハイッ!!”

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深夜の電話

  1. 2007/03/04(日) 10:53:45|
  2. ■夜桜一家
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  4. | コメント:3
その夜もなんだかんだしている内に深夜。
静寂を破って家の電話が鳴った。
♪ラヴミーテンダー♪
電話帳登録者からの着信音。
時計を見るとちょうど2時。
(こんな時間に誰だろう・・?)
ディスプレイを見て驚いた。

『私から!?』

私の携帯からだ!?
食卓のサイドテーブルで確かに充電器に置いた携帯。

不気味に♪ラヴミーテンダー♪が鳴り続ける!!

私が私に「もしもし・・」
私の声がしたら~~どうしょう?
会話する勇気は無かった。
意を決して受話器をとりガチャンと切った。

しばらく待ったが二度とは掛かってこない様子。

そろり~そろり~
二階から降りてドアを思い切って開けると とっくに寝たはずのJikoがパジャマ姿で私の携帯を握りしめている。

「びっくりするやん!なにしよん?」
「家に電話するのわからんけん~練習しよった
やっぱり 通話できん!」
ふと夜半に目覚め気になって・・・と云う。

クイックダイヤルに私・娘・Boss・息子の携帯は登録してある。
何かあってもこの4人の誰かに連絡つけばどうにかなるからと・・・

私のと同機種だが自分のをさわってミスったら直せないので私ので掛けて見たらしい。

メールが出来ないのは まぁ許そう。
文字入力が出来ないからアドレス帳登録出来ないのも仕方ないとして
[ メールが読めない ]
[ 不在着信の確認出来ない ]
[ 留守電聞けない ]
[ マナーモード解除出来ない ]
[ アラーム設定出来ない ]
[ チョイ押しと長押しの区別出来ない ]

時間見るのに長押しするのでマナーモードになったしまう。
解除出来ないので電話しても通じない。
仕方ないので一緒にいるであろう人の携帯か 行ってそうな場所の固定電話で連絡するはめになる。
なんの為の携帯?
もう4年も携帯持ってるのに・・・

先日も いくら掛けても 『お留守番センター・・』 しか出ない。
留守電設定出来ないはずなのに・・!?

 なんでよ  」
「傷んだみたいで動かん・・」
出された携帯見たら・・・アイコンがびっしり・・・

バイブ・留守電・マナーモード・アラーム・キーロック

「なんか出たんで(アイコン)消そうとあっちこっちさわりよったら いたんで動かんようになった!」

まぁ 僕の携帯 Miyaちゃんところころ(方言)今風に云えば タメ なのだが・・・
用事のありそうな時は
「いい~!?絶対 他さわったらいけんよ」

70才代ってこれーふつ~?な訳ないよな?




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