桜舞

            Bako・・・可愛い孫たちが付けてくれた愛称。 ちなみに孫たちは[Bakoちゃん]と呼ぶ。  雅号は「水絵」!!風の吹くまま気の向くままに―

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レモンちゃん

  1. 2006/08/31(木) 23:09:40|
  2. ■夜桜一家
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レモンちゃんと云っても『落合恵子』の事ではない。
娘がやっとおしゃべりし始めた頃。
あまり片言は云わない子だった。

枕→マカル
テレビ→テビレ
ただいま→タマイラ
頂きます→イタガリマス
アイスクリーム→アイスキーモ
ぶっつかる→ブッチャカル

あっ ひとつ(ビビヨン)なるもの?を身震いするほど嫌っていた。
(ビビヨン)相当コワイらしいのだが何か皆目見当もつかない。
絵の上手な子だったので描かして見たが理解不可能。
分からずじまいである。

まだ紙おむつやトレーニングパンツなど無い頃、布おむつを一枚大きめのパンツに挟んではかしていた。

ある日「レモンちゃんがむちゅむちゅする・・」
娘は何と云いたかったのか分からないがレモンと聞こえた。
しかし、朝露を見て
「夜 お月さまが泣いたネ」
と言う表現をする子だったので・・・

要するにおむつがずれて具合が悪かったのだ。

それからは
「レモンちゃん 大事だからパンツはこう」
おもらしすれば「レモンちゃん きれいきれいしような」
とレモンちゃんが代名詞になっていた。

しかし まだレモンは高価で普通の家庭では実物を買う事も使う事もない時代である。
その後も 我が家でレモンちゃんは市民権を得て何の不都合もなく何年か生き延びていた。

別府に連れて帰った日。
娘は大好きなお肉を
「イタガリマース」
「そのお肉な、レモンの汁と大根おろしで・・」
(げぇっ!)箸が止まった。
「みぃちゃんお肉好きやろ?」
頭を激しく左右に振った。

「みぃちゃん 唐揚げにレモン絞って・・」

 みぃちゃん下をむいてモジモジ 

食後にケーキと紅茶。
「みぃちゃん紅茶にレモン入れる?」
娘は横を向いて思いっきり

「くさっ

顔をしかめた。

わが娘 Mよ!
あなたはいつ果物のレモンとの相違に気がついたのでしょう?
私は事改めて教えた記憶がない。


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第17番札所

  1. 2006/08/30(水) 23:06:30|
  2. ■同行二人-風遍路
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瑠璃山井戸寺るりざんいどじ

ここの納経所の方は感じが良かった。
思わず可愛いお大師さんの根付けを買った。

ネット上で納経所の評判は知っていたので期待はして無かった。
今までで一番良かったのは安楽寺
感じの悪かったのは藤井寺。 
後はそこそこ 可もなく不可もなく・・

20060830000204.jpg


20060830000245.jpg

手作りらしい微笑みを浮かべた小さなお地蔵さん。

 苔むした岩の隙間に地蔵さま

            小首かしげて五円を抱けり 
 

17V101.jpg

『面影の井戸』
覗いて姿が映ればー無病息災ー
映らなければ三年以内に不幸が訪れるとか・・
主人はすぐに映ったが私は?
「退いて・・退いてみ・・場所が悪い」
押しのけてやっと映ったってことは?

(妃美呼 覚悟しいや!Jiko長生きするでぇ)

阿波十郎兵衛屋敷

吉野川大橋を渡って寄り道。

ju1.jpg



20060830143042.jpg


(天狗久作の木偶)等身大でその大きさに驚く。
宇野千代の小説『人形師 天狗屋久吉』にも登場した木偶。

ju8.jpg

『傾城阿波の鳴門』
30数年前、兵頭(基幸)のおっちゃんが子供達に「本物を見せたい」と松蔭小学校に阿波の人形浄瑠璃を招聘した。
人形浄瑠璃を見たのは後にも先にもこの時だけ。
今回は上演時間に間に合わず・・・
「お弓」「おつる」の「ととさんの名は~」名場面 見ずに終わる。

75_06.jpg

「して かかさんの名は・・」「あ~い おゆみともうします~」


ヤバイ!!白バイ

  1. 2006/08/29(火) 12:10:59|
  2. ■アンビリバボーな面々
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母方の遠縁『カゲユ』は小さい頃から車が好きだった。
「ダットサンじゃげ!ダットサンじゃげ!」と車を見つけると小躍りして喜んでいた。
5人姉弟の末っ子で甘やかされて育ったようでなかなかのやんちゃであった。
やんちゃではあるが人なっつっこい笑顔の憎めない子だった。

16.7になると[オトキチ」と呼ばれ親も手を焼いていた。

ある日、車両進入禁止のアーケード内に爆音を轟かせ走って来た一台の白バイ。
メットを脱いで入って来たのは『カゲユ』だった。
スピード狂の『カゲユ』は堂々と違反の出来る職業を選んだのである。

が・・・もともと正義感や責任感などから警官になったのでは無い『カゲユ』は以前の はしり屋仲間と白バイでツーリングには行くし、暴走族を追尾すればラリーの末 追い越し先頭切って爆走する始末。
何のことはない、サイレン鳴らして暴走族の先導状態。

警察内で物議を醸しているさなか、勤務中にチンピラと小競り合いになった。
(警官では手出し出来まい)と踏んでの云いたい やりたい放題。
しばらくは辛抱していたが・・

 きれた

やにわに制服を脱いで白バイの上に置くと
ー喧嘩上等ーと高値で買った。

多少腕には自信があったが一人だと思った相手は三人いた。
三人相手に大立ち回りの最中・・・

    無線が・・・ 

「じゃかぁんしぃわい!黙っとれぃ

相手の一人がマイクに怒鳴った。

間もなくパトカーが来て裸同然の情けない姿で連行され・・・
即刻 警察はクビになった。

せめて制服でも着てれば職務質問中 公務執行妨害で正当防衛とでも云えたのにーとは親の話。

その後 道後温泉でぱったり再会した相手「倍返しで借りは返してやった」
「今度はお互い裸でか?」
「いや 風呂出て裏の路地に連れ込んだ」

幼い時の片鱗を留めた『カゲユ』の笑顔であった。


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ポチッ!

15番札所~16番札所

  1. 2006/08/28(月) 14:44:47|
  2. ■同行二人-風遍路
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薬王山国分寺やくおおざんこくぶんじ

天成9年聖武天皇が諸国に60の国分寺を建てた内の一つ
全国の庭石では随一の巨石がある立派な日本庭園があると聞いていたが予約をしてなかったので拝見出来ず残念。

20060827233258.jpg


山門を入るとそのままの焼け跡が目に入る。
この寺は“気配”“風”何かが違う。
目に見えない何か“流れ”というか口では言えない何か・・・

20060827221002.jpg


心遣いが嬉しい。
これもお接待と一服の涼を頂く。

 炎天下 水面に浮かぶ あじさいの

           揺蕩(たゆた)う時に 涼風吹きて
 


光耀山観音寺こうようざんかんおんじ

20060828001147.jpg


 梅雨晴れに 先達の声響きおり

            つまずきつつも付いて読む我
 

朗々と良い声のお先達さんだった。
大阪からバスでの団体さん。

no.jpg

納経所で団体さんと一緒になるとこの有様。
心情的に若いお兄さん(なかなかのイケメン)の方にお願いしたのだが納経帳が迷子になり往生した。
裏表紙には名前を書いてあったのだがみんな似たような納経帳なもんで・・・ 
ワッペン貼るわけにもいかないだろうし どなたか良い方法有ったら教えて下さい。


♪どうしても気になる♪

  1. 2006/08/27(日) 13:54:09|
  2. ■思い出の糸をつむいで
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最近どうしても気になる曲が有った。
店のBGMで『インザムード』が流れるのである。
何かの曲にフレーズが使われているようだ。
「グレンミラーのインザムードが・・」
“すー”も“マサゴン”も誰も分からない。

私は今の曲も歌手も知らない。
音痴の私のハミングではわかろうはずもなく・・

ああでもない こうでもないと云って居る時



「あ~ミヒマルや・・」 と “すー”
「ミヒマル~??」
「でもインザムード使われとるよな?」
「・・?・・・?」

mihimaru GTの『いつまでも響くこのmelody』

携帯で確認してみる。
確かにそう。。。

  ----*----*----*----*----*----*----*----*
『グレンミラー物語』
ジュエームズ・スチュワートとジューン・アリスン
トロンボーンを演奏するグレンミラー。
ちょっと首をかしげるようにして吹く姿。
決してサックスやペットのように派手な楽器では無いのに存在感あふれる演奏。
全編に流れる『チャタヌーガチューチュー』
『インザムード』『茶色の小瓶』
『ムーンナイトセレナーデ』『真珠の首飾り』

エピソードと共に流れる名曲の数々。
曲を聴くとそのシーンを思い出す。

50数年前。
高校時代『映画部』で映画館は全部フリーパスだった。
映画は学校が許可したものしか自由に観に行けなかった時代。
高校生が見ても良い映画かどうかの判断資料や感想文を提出したり校内新聞に映画批評を書いたりしていた。

私はこの映画を5・6回見た。
すっかりジャズのとりこになった。

もうグレンミラーだインザムードだと云っても知らない人が多いんだろうな。
同じ年代のJikoも知ってはいたが私程の思い入れはないようだ。
mihimaru のおかげで青春時代の一コマが鮮やかによみがえると共に何か胸のつかえがおりた。

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思い出ぽろぽろ






第13番札所~第14番札所

  1. 2006/08/26(土) 13:08:41|
  2. ■同行二人-風遍路
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大栗山大日寺おおぐりさんだいにちじ

Bossが『二人の喧嘩は良いけど、車の喧嘩はやめて・・』と言う妃美呼の手紙をつけてお小遣い持って来てくれた。
逃亡をはかる猫のご機嫌をとりつつシッポの先を掴んで心新たに出発します。


梅雨の晴れ間に決行。
198K走破して大日寺到着。

20060826125826.jpg

両手の中の[しあわせ観音]

 今ここに居るだけで良い この空間

            無心で唱える般若心経 



20060826130325.jpg

[竜王像]
こじんまりとしたお寺。
実に清々しく落ち着いてお参り出来た。

道路を隔てて[大麻比古神社 一宮神社]
此処でも朱印が頂けるのを後日知った。

20060826130605.jpg


盛寿山常楽寺せいじゅざんじょうらくじ

自然石の石段を回避して車で45度の急坂を登る。
まるでジェットコースター。
坂の途中の駐車場にななめになって「オットットッ」となりながら降りて境内へ・・
楽しみにしていたお寺の一つである。

20060826141016.jpg

ごつごつの岩肌・自然のままの流水岩の境内

下ばかり向いてあるいていたら見落としてしまう。

20060826143542.jpg

櫟の木の上に[あららぎ大師]

 御仏の功徳を語る その人は

             柳川からの六度目の旅
  

その方は最初、車椅子次には松葉杖五度目には歩いて参拝出来たとか・・・
「お大師っさんのお陰ちゃもろったっつばい。
信じられんごつあろ?
歩いちこらるんちゃ 思うちゃおらんじゃた。
奇跡たいね」
今回はお先達として8人ほどのグループで来ていた。
「云うこつば わからんちゃろうもん・・」
「いえいえ私も九州なんで・・わかりますよ」
(言葉じゃ無く奇跡の事だったかな?)
「そげんね。そ~りゃよか」
とにこにこ笑顔で杖を突きながら(ハの字)で去った。
年期のはいった白衣であった。


貴様ぁ~!

  1. 2006/08/24(木) 23:38:43|
  2. ■思い出の糸をつむいで
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父方の祖父は“万次郎”
跡をとっていたのは兄である伯父“観三郎”
陸軍大尉で第11師団 第22松山連隊の連隊長だった。

白壁に囲まれた武家屋敷みたいな平屋で大きな古い家だった。
同じ敷地内に分家の父の家。
父の家は二階建てで二階はアトリエになっていた。
伯母は母の姉で・・・つまり兄弟・姉妹どおしが夫婦なのである。

朝は馬丁が馬を引き「大尉殿 お迎えに参りましたっ」
上がり框にどっかと腰をおろすと二人がかりで長靴(ちょうか)を履かす。
連隊への往復は馬であった。

体格が良く八の字髭をたくわえ眼光鋭い伯父にみんなびりびりして伯母さえ伯父の一挙一動におろおろしていたようだ。

ある日、床の間の刀掛けに軍刀が掛けてあり幸い誰も見ていない。
常日頃気になってしかたのない刀だった。
棒きれでは無く本物を振り回して見たかったのだ。
きれいな紐をちょっと引っ張ったらはずれた。
重くて持てなかったので、その紐をひょいと肩に掛け八畳の座敷を「♪トテチテタァ~♪」

いつの間にか鞘が抜け抜き身を担いで走り回っていた。

きさまぁ~軍人の魂をなんと心得とるっ

大音声が響いた!

目ん玉を引きむいて烈火の如く鬼の形相で伯父が立っていた。
刀をほっくり投げて家に逃げ帰った。
悪代官の前の小作人みたいに這い蹲っている伯母と母の横をすり抜けて・・・・
畳には私の走った軌跡がくっきり切れて残っていた。

その後の決着がどうなったかは知らないが恐い物知らずの私も、それからは 伯父ではなく 軍刀には一目おいた。

この家屋敷も昭和20年7月26日の松山空襲で土塀の一部を残すのみで跡形も無く焼け落ちた。

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思い出ぽろぽろ






失禁予防のガム

  1. 2006/08/23(水) 23:02:59|
  2. ■アンビリバボーな面々
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トシエさんとミツエさんは同級生でお互い一人暮らしである。
年は私より2つ3つ上。
車に乗れないので『百均』に行った事がないと云うので連れて行った。

籠を持ち店内をウロウロ。
30分程して
「もう ええわい」

籠を覗いてみると束子やシャモジ等日用品を4・5品。
そして二人ともビー玉より一回り大きな『バブルガム』をチョイスしている。
ピンクや黄色の5個いりのガム。
「これ大きくない?」
「いやこれが丁度いいんよ」
「前から捜しよったがぜ」
(JAには売ってないのかな・・)

ミツエさんが私の耳元に口を寄せ
「失禁予防になるが・・」
「テレビで言いよったん、知らんかへん?」

ガムを噛むと脳の老化防止になると云う話しは聞いたことがあるが・・・
失禁予防になるとは知らなかった。

「ふーん!普通に噛むん?」

「はさむがよ」
(はっ?はさむぅ?そんなぁ・・あり得んやろ?)
(でもテレビで放映したのなら私のシチュエーションは絶対ないよな)
私の困惑した表情に
「前やないで・・・後ろにはさむが・・」
(うしろ?わぁオォォ~
「べちゃべちゃして気持ち悪ない?」
「ズボンの上からでぇ・・」
ズボンのおしりにガムをくっつけた二人の姿を想像しながら
「座ったらそこらじゅうくっついて・・・?」
「座らんがぜ。はさんで歩くがよ」
「おまじない・なん?」
「違うで・・・偉い先生が言いよった。筋肉トレーニングになるんと」
(はぁッ!信じられん)

「風船ガムでぇ

え~っ??カラーボールやないん?」
あわてて二人は棚に戻しに走った。

通路に座り込んで私は転げ回って爆笑。

すまして帰って来た二人に
『絶対 誰にも云うな』
とかたぁく口止めされたが二人がブログを見ることは絶対ないと思うのでバラシちゃいます。
ブログが無かったら密柑山、掘って穴に叫ぶやろ(爆)



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風船ガムで



12番札所

  1. 2006/08/22(火) 18:05:05|
  2. ■同行二人-風遍路
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摩廬山焼山寺まろさんしょうさんじ

ナビの推奨ルートを距離だけ見て押してしまった。
『1に焼山2に鶴さん・・』と云われる“へんろころがし”の難所である。
お出石に行くような細い急坂の連続である。
店屋などあろうはずもなく幽谷の山・又・山

もともと我慢の出来ない私だが“ひもじい”のが一番辛抱出来ない。
主人曰く(子供みたいに口を尖らして)めっちゃ不機嫌になる。
九十九折りの急カーブ、曲がった所へ対向車・・・

「下がるなっ!」

気の弱い 人の良い主人は
「向こうは大型やし・・・」
とバック始めた。

助手席の窓からは下の道が見えない。
あんぐり峪が口を開けている。

「おいっ!真ん中下がれ!右に寄せろやっ!」

普段は隠してある心の叫びが思わず口から・・・
理性のカケラが音をたてて飛び散った。
(しばしば娘に乱暴な言動を注意されるー確か私が産んだよなぁ)

「右には岩が飛び出とる・・・」と主人。

「何しよん!!左見てみいや!!道ないッ」

大声でわめく。
こんなとこでウイリィーやってもしゃれにもならんわ。

ヨロヨロ バックするのに離合出来そうな所はない。
カーブでは私完全に空中やし・・生きた心地なし・・・
覚悟を決めて携帯握りしめる。
(確認する余裕はなかったが多分圏外)

まぁ落ちたら前の車が連絡してくれるだろうから行方不明と云う事は無いだろうがレッカー車入れんやろう。
娘んとこも息子も車大きいし・・弱るでぇ。

50M位バックしてやっと離合出来た。
(おおっきな車で来るなやッ!!)
心の中で捨てぜりふ。

必死の思いで辿り着いた焼山寺。
満開の桜が迎えてくれた。

20070605163412.jpg

時 おりしも五月。


800Mの山頂。
滑り込みで200円のうどんにありついた。
樹齢数百年の杉の巨木が立ち並び浮き世離れの感あり。

20060823022930.jpg


20060822173314.jpg
歩き遍路の娘さんにシャッター押してもらった。

 山険し “へんろころがし” 踏破せし

             若き遍路の笑顔さわやか 



非日常的な夢の中のような2日であった。
まだまだ 先はながい。
(当時まだブログ?知りません)

総費用 ¥58,680-
走行距離 662K



私の忘れた物

  1. 2006/08/20(日) 23:20:45|
  2. ■思い出の糸をつむいで
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小さい時の友達はみんな男の子だった。
その頃よく遊んで泣かしていたヒロちゃんは 後年出会ったら『般若のヒロ』との二つ名を持つコワイお兄さんになっていた。
「見せてみ・・」
般若の彫り物が赤い口を開けていた。

当時の遊びは戦争ごっこで 棒を振り回して野山を駆け回っていた。
ひとつ困った事が・・
みんなのように立っておしっこが出来ないのである。
幾度もこころみたがうまく出来ない。
あかぶった~」(おもらし)
と泣いて帰る羽目になる。

犬のようにすれば良いのかと電柱に片足掛けてやってみたが結果は
あかぶった~

「この子はおちんちん忘れて産まれてきた」
周囲の言葉を思い出した。

あっ 忘れ物・・・
近くの産婆さんの家に走った。

「おちんちんとりにきたぁ!!」
「今 ないから今度“だんご汁”するとき呼ぶけん」
(だんご汁は大分の郷土料理で小麦粉を捏ねてのばした物。お汁に入れるとだんご汁で、ゆがいて黄粉をまぶすと“やせうま”になる)

数日後、産婆さんからお呼びが掛かり喜び勇んで行くと形はそれらしき物がずらりと並んでいる。
「ハイッ どれでも好きなの付けたげる」
「お風呂に入ったら~・・・?」 
「溶けるやろなぁ。でも又作って上げるわ」と笑う。

パンツにかけた手が止まった。

とけるおちんちんなんか いらんわいっ

二度と産婆さん所に忘れ物をとりに行く事は無かった。



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表参道の風

  1. 2006/08/18(金) 23:10:15|
  2. ■夜桜一家
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“ばこ 足がないから・・来て・・”
お正月以来 チャッピー が帰って来た。
美容院 サロンなどは盆・正月忙しいだろうと思うのは田舎の考えで東京では、人がいなくて静かなのだそうだ。

「髪 切って・・」と云うと
「まじぃ~いいのぉ?」と云いつつ喜々として腰ベルト(とは云わんか)を取り出した。

私はここ一年ほど妃美呼がお抱え美容師なのだが なかなか予約がとれなくて・・
お盆前から予約していた。
それまではストレートをかけて(クレオパトラカット)にしていた。
妃美呼には不評で「市松人形みたい」とか「ワカメちゃんカット」で「私が切ったげる」になったわけ。

さすがにチャッピーは手慣れていた。
新聞紙の真ん中に穴をあけ首を入れた後セロテープで留め、後ろを切る時は前を引っ張り、前を切る時は後ろに引っ張る。
「おまかせで・・お店ではやってるのやって・・」

チャッピーの指先は繊細でソフト。
実にタッチが優しい。
私がそう言うと
「店でそれをずっとしこまれてる。
そう感じて呉れたら嬉しい!!
癒しがテーマの店なんよ」


06-08-17_14-46.jpg
で仕上がったのがこれ!
表参道の風吹いてる?

3年は今のサロンで頑張って 美容師 スタイリストになったら30才までにニュージーランドに行きたい。

将来の夢を語るチャッピーのおおきな目は輝いていた。

index_img_1.jpg
今回も捨てられない



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足跡でも手形でもどうぞ





盆おどり

  1. 2006/08/16(水) 14:21:53|
  2. ■詠み人・水絵
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 幼き日 我も踊りぬ盆おどり

            手振りも唄も昔のままに
 


故郷の『鶴崎おどり』ゆったりと優美なおどり(猿丸太夫)が私は好きでした。
テンポの早い(左衛門)
♪盆の16日おばん方いたら・・・♪くどき文句の一節です。
参加賞だったのでしょうか浴衣の背中に団扇をさして貰うのが嬉しかった。

   ----*----*----*----*----*----*----*----* 

いつもお世話頂いている お先達さんの清ちゃんが脳出血で倒れた。
おない年である。
「左半身不随で合掌も出来ない・・
せっかく金の納め札を準備していたのに・・」
お地蔵さんのような顔を曇らせ弱音をはく。

頭もはっきりしてるし言語障害もないしリハビリ頑張りや。
最悪 車椅子でもお参りは出来るやん。
「坂道で手すべっても・・わざとやけん・・ごめんよ」
それが厭なら杖ついてでも歩けるようになることやな。
お先達さんに引導渡して帰って来た。

 20060816141628.jpg
元気づけに『にわぜんきゅう』の絵葉書持って行こう。


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ポチッ!と一押し:お接待有難うございます。  
合掌

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学


玉音放送

  1. 2006/08/15(火) 12:20:46|
  2. ■思い出の糸をつむいで
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61年前の今日 日本は戦争に負けた。

その日も暑い日だった。
「12時に天皇陛下の大事な放送があるから 正座して賜るように」学校からの通達。
ラジオのない人は学校に集合せよ。
(家はたまたま有ったけど田舎で大半以上は無かった)
その日は朝から空襲警報も出ずB29も飛ばずやけに静かだった。

近所の人も集まって陛下のお言葉を待つ。

「朕おもうに・・・・」
雑音まじりでとぎれとぎれ・・言葉は難しく9才の私には何がなんだか分からないが周囲の大人達の様子から只ならぬ事態で有ることは察知できた。

そのうちみんながすすり泣き始めた。
正座して体中 耳にして聞いていたが理解出来ず、横で泣いている母に聞いた。
「戦争に負けた・・・」一言いうと私を抱きしめた。
(日本は絶対勝つって先生云ったのに・・撃ちてし止まんと・・)
思いがけない展開に私もつられるように泣いた。
心底 泣いた。なんであんなに泣いたんだろう。
涙でまわりの景色がかげろうのように揺らめいていたのを今でもはっきり覚えている。

伯父は職業軍人で大尉・父は海軍の軍医・兄は熊本幼年学校在学中。
軍国一家であった。

このような一家のその後など考えもしない私は泣きながら(兄ちゃん・・どうなったやろう?・・)

6ッ違いの兄は熊幼の2年生。
2週間前 前線への出撃命令がくだり休暇が出たと帰って来て家族で最後の記念写真(写真屋さんが来た)を撮りそれこそ水盃で別れたのだった。
そんな訳など分からない私は、久しぶりに兄に会えて只はしゃいでいた。

気丈な母は涙ひとつ見せなかったが、今 親の立場で思うに私だったら平静に送り出せただろうか・・
促されて「お国の為に頑張って下さい」
私の他人行儀な挨拶に挙手の礼で答え凛々しく行った兄。

子供の私からはもう立派な兵隊さんだったけど、まだ15才今の中学生だ。

その後まだ国内で待機中であった兄は無事帰った来た。

20060815121508.jpg
『自分はお国の為に散る覚悟であります』


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ポチッ!と一押し
平和祈願!

姫島のきつね踊り

  1. 2006/08/13(日) 22:51:46|
  2. ■アンビリバボーな面々
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数年前のお盆。
この子狐達に会いたくて私とMiyaちゃんは暴挙に出た。

kituneodori2.jpg


『朝夕めっきり涼しくなり密柑山に囲まれた ここ山里では秋の気配が日一日と濃くなって参りました。
先日は伊美より別府まで同乗さして頂き本当に有難うございました。
分別有るべき年代の私共が最初から あのような無謀な旅を計画した訳では有りません。

実は私、産まれも育ちも別府で中学の時の先生に姫島出身の方がおられ盆踊りの話しを聞き、以来ずっと心に残っていましたが機会もなく五十年の月日は流れてやっと今年実現したのですが・・・

初めのプランは十五日の予定でしたが お世話下さる方の手違いで伊美港まで行きましたのに乗車券が手に入らず姫島を目前に「じゃあ又、来年・・・」と別府に引き返す羽目になったのです。

私を除く人達は別府在住ですから「来年ね・・」で済みますがはるばる海を渡ってこの事だけに来た私は残念で夜も眠れず朝になるのを待ちかねて、泊まる所も帰途の便も無いのを承知の上で この機会を逃したら・・と云う思いで出発したのです。

路線のローカルバスを乗り継いで3時間余、伊美港に着いたのでした。
(バスの最終は六時との事でした)
最悪の場合(先日伊美神社を参拝しましたので)拝殿の軒下ででも夜を明かそうとそれなりの準備をして大きなバッグを持って野宿覚悟でした・・・が何が幸いするかわかりません。
この大きなバッグが大勢の人の中で目を引いて
「重装備ですがどちらから・・」と声をかけて下さったのが話しのきっかけとなり窮状を訴え助けて頂いたのですから・・
ちなみにこのバッグは旅好きの私に娘が今年の母の日に贈ってくれた物でした。

地獄に佛とはまさにこの事でした。
佛の里 国東は事実でした。
無宗教の私が思わず合掌しました。

安堵感と虚脱感から年甲斐もなく救世主のお名前すら伺わずにお別れしてしまいましたが、皆々様に呉々もよろしくお伝え下さいませ。
厭な事の多い昨今 我が故郷の人情を熱く語っております。
“そう言う事はめったにない事、良い方々に会えたのだ”と皆さんにいわれます・・・・・・・・』


ヒッチハイク!したのだ。
産まれて初めて・・
60代のお嬢さん(みのもんた風)二人で・・

(乗用車は定員いっぱいで来てる~×)
(男女二人連れ~×)
狙いは貸し切りバス。
50台近いバスが並んでいた。
(バスなら補助席がある)
しかしバスは九州各地から山口・広島からも来てる。
(大分方面・別大国道を走るバスなら別府は通過地点!)
大分訛りの団体探せ・・

でお決まりの「どこかでお見かけしたような?・・・」
~んな訳である。
後日バス会社に問い合わせて判明。

当時、大分のNHK「日曜日の美術館」で解説をしていた方だった。

で・・・上記の礼状をしたためた次第。

*姫島は国東半島から海上6キロ。
人口2,000人の島に5,000人からの観光客が訪れる。
詩情と伝説に彩られた島。
車海老が特産で美味しかった。
これも飛び込みでお店の私室で頂いた。


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まぁ子狐の可愛いこと。。可愛いこと

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このちぃちゃな子狐は歩き疲れてか 鳴いて 泣いています


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ポチッ!と一押し
こんどは狐だよぉ

10番札所~11番札所

  1. 2006/08/12(土) 10:58:43|
  2. ■同行二人-風遍路
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得度山切幡寺とくどさんきりはたじ

切幡山の中腹にあるお寺。
鬱蒼とした木々の間を330段の石段が上に伸びている。
見上げて覚悟をきめようと・・その時お先達さんがあまりにも儚げな?私を見かねたか
「車でもう少し上まで行けるよ。運転に自信があれば・・」
と声をかけてくれた。
常日頃「運転と毛筆は負けない・・」と豪語する主人にここはひとつ頑張ってもらいましょう。

なるほど狭く長い急坂ではあったが出発前に19,000円かけて整備した我が愛車「Bakoむーくん」は快調に頂上近くまで運んでくれた。


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きれいなお顔の『はたきり観音』

 静寂の 空気ふるわし鐘の音

            吉野平野の果てにて消えり 


快晴に恵まれ霞のなか吉野平野が一望出来素晴らしい眺望であった。

20060811165809.jpg


鐘の音は寺々で皆違い打つ人によっても違う。
五月晴れの空に余韻を残して・・・


金剛山藤井寺こんごうざんふじいでら

車を降りるとどこからともなく見るからに怪しげなおっちゃんが寄ってきて目を白黒させながら
「××△△※※」
「はっ?」
「××△△※※」
「えっ?」
「のどあめが・・・喉につまって・・・」
「はぁ?(さかさにして背中叩いてくれってか?)」
私は無理!・・いくらおっちゃん小柄でも・・
「そじゃけん200円」
のどあめと200円の相互関係がわからない。
今度はこっちの目が点。
要するに『駐車料金200円』払えってこと。

なぁんかおっちゃんの のどあめ代払わされたような・・・
後味の悪い思いでお寺へ向かう。

20060812093301.jpg


納経所は混んでいた。
私の二人前にくだんのご夫婦がいた。
順番が来たとき奥さんが納経帳を三冊出すと
「団体は隣で~はい次」
邪険に納経帳を横に押しやったのだ。
横には添乗員が4・50冊の納経帳をでんとおいてある。
じゃあお寺さんでは三人でも団体割引ある訳?

奥さんは黙って列を離れた。
相当時間かかるなぁ・・お気の毒に・・
この後ご夫婦とお会いする事はなかった。


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 夏草の 茂れる中に野佛の

            ほのかに笑みて心安らぎ


道ばたのお地蔵さんの顔が優しくのどあめも納経所の事も払拭してくれました。
これから阿波一の難所『へんろころがし』焼山寺に向かいます。

8番札所~9番札所

  1. 2006/08/10(木) 22:38:13|
  2. ■同行二人-風遍路
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普明山熊谷寺ふみょうざんくまたにじ

山門から300メートルほどスロープの境内を歩く間 御詠歌が流れ別世界の感あり。

 若き娘の 登山靴履き抜いてゆく

             鈴の音響かせ汗にまみれて 
 

持鈴がリュックに着いていた。
きれいな澄んだ音が後ろから近づき同じリズムで遠ざかって行った。
私も欲しいと思い、その後探しているがあの時のきれいな音の持鈴には出会えないでいる。

20060810222220.jpg

やっとたどり着いた本堂

20060811112239.jpg

天邪鬼を踏みつけた多聞天


正覚山法輪寺しょうかくざんほうりんじ

四方が穏やかな田園風景の中。
今後の山道を思い金剛杖と御影帳(みえいちょう)等を買う。
小さな鈴のついた杖で一応 姿形はお遍路さんぽくなった。
笠も買おうかと云ったら「似合わないからいらん」と主人。
私は麦わら帽子を用意していた。

驚いたのはこれらお遍路用品の売店に
MONKEY MAJIKの「Around The World」  (試聴できますよ)
が流れていたのだ。
これも若いお遍路さんが多いからか・・・
当時私はこの曲を着信音にしていた。
御詠歌の後に束の間俗世の風が吹いた。

 鯉のぼり 腹見せ泳ぐ昼下がり
  
             難路ひかえて握り飯食う
 

(五月の連休でまだブログやってませんでした)

9X3.jpg

境内で九番名物の草餅を買う。
黄粉がたくさんまぶしてあって食べ難くそうだったが「美味しかった!」そうだ。
私は持参したお握りでお腹が一杯だったのだが後で買っておけば良かったと後悔したのだ。
今後、コンビニも売店も無いなどとは思ってもなかった。


極楽寺の宿坊

  1. 2006/08/07(月) 23:57:20|
  2. ■同行二人-風遍路
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一泊2食で@6,000-二人で1万2千円先払いである。
若い僧に「・・出ませんか?」
「はっ?」
両手をぶら下げて再び聞いた。
「・・出ませんか?」
「今夜は大勢さんだから大丈夫でしょう」
とにこやかに答えられた。
えぇ~っ!大丈夫でない事もあるんだっ?)
(って事は~出る事もあり得る?)
「・・・でしょう」じゃあなく「・・・ですっ」と云ってよ。
私は不可思議な体験を結構している。

部屋は4畳位の個室で一応テレビは付いていたが、当然スリッパは無いしアメニティ類いっさい無し。
おまけに鍵まで無い。
そこで私は多少の路銀の入った財布とカメラを抱いて寝る羽目になる。
しかもTシャツのまま いつでも逃げられるように?・・・
(洗面道具は持参したが今後は部屋着を用意する事を学習した)

さて、夕食で有るが[精進料理]だと思っていたが羊羹のような鮪の刺身が付いていた。
後は人参のフルコース。
酢物・煮物・天ぷらすべてに人参が我が物顔にのさばっている。(私は人参とピーマンが苦手である)
徳島は人参が特産なのか・・安かったんやろか

今回、先ず驚いたのは若いお遍路さんの多い事だった。
同卓の二人も横浜から来た大学生と神奈川からの20代の娘さんで共に歩き遍路だと云う。

お昼にうどんだけだったので、箸を持った途端、読経が始まり私と娘さんは慌てて箸をおき合掌したのである。


 静かなる宿坊の夜 祖母想う

           「まぶってやる」が口ぐせの祖母 



朝 5時半起床。
6時から勤行~安芸昌憲住職の説話。
終わってみんな食堂に行ったのだが足が痺れて起てず広い本堂を這いずり廻った。
(現生活で正座する事は皆無である)
見回すと他に3人程這っていた。
あまりに遅いので主人が探しに来て手を貸して貰って食堂へ・・・

20060808011918.jpg

朝食風景(寝ぼけてて食べた記憶なし)

20060808014240.jpg

阿弥陀様の前で這いずり廻った。
五体投地と思って頂けたら幸いである。


狸の津軽三味線

  1. 2006/08/06(日) 23:49:40|
  2. ■アンビリバボーな面々
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かれこれ10年程前。
商店街から密柑山の中の一軒家(まさしく埴生の宿)に越して来た頃の事である。
夜中にふと目覚めると、どこからともなく津軽三味線の音が・・

そう言えば深夜放送で津軽三味線の演奏があるとカーラジオで聞いたっけ・・
滅多に車も通らない道だが誰かがカーラジオでも聞いているのか?
窓から覗いて見たが車も人影もない。

津軽三味線の音に誘われて思わず庭に出て見た。
確かにじょんがら三味線の音。
時に激しく撥をかき鳴らし・・拍手の音まで・・

おりしも満月で・・月の明かりに照らされた密柑山。
目を凝らして見ると?・?

裃を付けた狸が津軽三味線を弾いている?

周りを沢山の狸が取り囲み、時折拍手をしながら聴いている?

へえぇ!今時の狸は月夜に腹鼓じゃなく津軽三味線弾くんだぁ???
さすが伊予の国(狸話しが多い)と変な感心をしながら~

何の疑いも無く、しばらく狸の津軽三味線に聞き惚れていた。
月の光を浴びながら・・しばし桃源郷?
夢 幻か!はた又、化かされたか??

次の日「夕べあんたんちの山で狸が津軽三味線弾きよったわ?・・・」
と友人に話す
「?・・・?」
私の口三味線を聞いた後
「それスプリンクラーや!!夜中に散水するんよ!!」
事も無げに云ったのである。

正体を知った後もこの時期になると、どうしても狸が津軽三味線を弾いていると思ってしまうのだ。
今年は来客がもう一匹・・夜毎イノシシが来る。
今も・・ほらっ・・蜜柑の木の下に・・



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津軽三味線聞いて見て






テーマ:( ゚Д゚)ヒョエー - ジャンル:日記


夏の日

  1. 2006/08/05(土) 17:23:55|
  2. ■詠み人・水絵
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 めくるめく夏の日射しにアスファルト

           濡れたる如くひかりて長し



 ゆらゆらと地獄のけむり そこ此処に

         茂れる夏草 硫黄に枯れて


6.jpg

私の故郷☆湯煙上がる鉄輪温泉
地獄の湯気で唐芋や野菜・玉子を茹でるのである。


 緑濃き 故郷(ふるさと)の山眺めおり

            白き雲わく 鶴見山なみ



 遠き日の 母を偲ばむ思い出は

            故郷の山 鶴見由布岳



turumiw0.jpg

別府湾に船が入り汽笛がなる。
この山々が見えると「帰ったぁ!」って気持ちになる。
何10回この景色を見ただろう。
いや優に百回は超えてるなぁ。
時には子供を連れ孫を連れ・・・海を渡った。

昔は6時間掛かっていた船旅も今では大型船になり3時間に短縮された。
もう四国の生活の方が長いのだが、“湯の町別府”が未だに懐かしい。



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足跡どうぞ

何??16753??

  1. 2006/08/03(木) 16:24:27|
  2. ■アンビリバボーな面々
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怖いっ!!やっぱりこの世で一番怖いのは妃美呼だった!
(順位チェンジ!2番がお化け)
お気付きだったでしょうか?
この数字ー16753-

娘 「プロフィールんとこにギネスカウンターつけといたから・・」
Ba 「。。。???」
娘 「それがになったら116才。かまとばあちゃんと対やけんね。
   ご長寿番付一位になるんよ!」

Ba 「はぁ??誰が??」
娘 「Bakoが・・よ。頑張ってな♪」
Ba 「16753日??一年が365日×?ぎゃっ!・・んっな事云われても??」
(せめて地デジ放送開始位に標準合わせてや)
娘 「目標出来たな!」
Ba 「。。。???」

(反撃要素発見)
Ba 「100才になってブログ書いてて・・フォロー出来るん?」
娘 「そん時あたしゃまだ74やし・・」(結構ばばぁやん)
続けて
  「PC持って一緒に棺桶入ろうな。待っとき!」

携帯メールでのやりとりである。

かまとばあちゃんは踊りが得意だったから「てやてや音頭」覚えとけ・・・とも。
「ばばぁ二人で踊ろうな♪ブログネタにしよ。」と宣うた。
我が娘ながら 否我が娘だから 突拍子も無いことを言い出すものだ。

お盆が近いせいか・・
娘は(棺桶)孫は(散骨)縁起の良い話しばかりである。
おまけに116まで生きて「てやてや音頭」踊れときた。

思い出した。
“般若心経”は魔よけだと亡父の言葉を。。。
『観自在菩薩~』  『掲諦菩提莎婆呵~』

16753日どれ位消化出来るか~挑戦してみっか♪
(しかし この数字は遠望やなぁ!一桁消したいが悲しいかなPCの設定触れない。設定は全て娘任せ)


mi.jpg

「てやてや音頭」踊る妃美呼



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100才までお付き合いしてくれます?


テーマ:こんなことありました - ジャンル:日記


悪夢のイソコ

  1. 2006/08/02(水) 10:46:16|
  2. ■麻雀塾
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最初の南ラスを迎えてトップ目のかーくんは4巡目にドラの五索を切って「リーチ!!」

「はやっ!」「スピード違反じゃ」
「わかるか・・交通事故・・」
「ほいっ・・当たってみんかい・・」
「命まではとられんやろ・・」

少々の危険牌を切っても通る。
(どうせドラも無いとこだし・・)
中盤を過ぎた頃 七対崩れだった私の手牌は三暗刻出来ぃの四暗刻・・単騎聴牌。

対面のゆうすけは切り牌からして国士らしいのだが・・

スジも通るしかーくんは七対と読んで回し打ちしていた。
が、どれも振りテンだったり、3枚きれていたり・・・

その内、イソコが来た。
初牌である。
(早いリーチは一・四索・・これかぁ)
止めた!

相変わらずかーくんはつもれず山も少なくなった時、かーくんイソコをツモ切りしたのである。

対面のゆうすけと私と同時だった。

『国士無双』

『すった~ん』


手牌を倒した。

親の役万と子のダブル役万。
「フハァ!??・・」
一瞬何がおこったか分からないように二人の手牌を眺めていたが
「帰る・・・」一言残して・・本当に帰ってしまった。
「はぁ??」「ええっ??」「マジィ??」
後に残された二人??
唖然??呆然??

かーくんの手牌を見るとやはり七対子で一索二枚持ち、気の毒にも私の早々に暗刻になった八索待ちであった。

長い雀歴の中でもほんとうに帰ったのはかーくんが初めてである。
そして二度と再び来ることは無い。
面子が一人消えた夜である。

バシッと打ってみ
その牌通さねぇよ



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